心と贈り物 20日目

 激しさを増す夏の日差しも、西の空に沈んでしまえばその勢いをなくして過ごしやすい夜がやって来る。その涼しさを謳歌するように賑やかになる表通りを避けて建つカフェ&バーの看板は、今日も静かに掲げられていた。


「水族館ねぇ。確か最近話題になってたわね」

「そうなんだ。知らなかった」


 今日もカウンター席で、最近起きたことを酒の肴にしてマスターとのんびりと話をしている。今回は一人で来ているので、隣に鈴音の姿はない。

 ここ数週間は身の回りで色んなことがあって、それを喋るのに夢中になりすぎるあまり手付かずのグラスから氷の滑り落ちる音が二度三度と繰り返される。以前は耳にすることのなかったひんやりとした音が、静かに時間が過ぎていくことを教えてくれていた。

 しかし、ずっと放置していると残りのお酒が氷の溶けた水で薄まり過ぎてしまうので、グラスを手に飲む姿勢へと移る。


「それにしても、平日にデートなんて粋なことするわね」


 そうしている横で、意図的に氷をカランと鳴らしたマスターが急にそんなことを呟き始め、私は黙って聞きながらその意味を咀嚼する。



 デート……。

 ……で、デート?!



 昔馴染みから出た思いがけない一言に驚き、むせ返って慌ててグラスをコースターの上に戻す。

 それを言った本人は、何故かやたらとニヤついていた。


「デートって……。そんなんじゃない!」

「今どき同性でデートなんて珍しいことじゃないんだから、そんな中二男子みたいなリアクションしないでよ」


 あまりのベタな反応に呆れて目を細められてしまうが、聞いているこっちは気が気ではない。


「それに、鈴音ちゃんの方はそうじゃないかもしれないわよ」


 人のリアクション見たさに曖昧なことを吐いてから、カウンターの奥へと消えていく。

 その背中に小言で文句を言いながら、再度残りのお酒を口へと運んでいた。

 


 水族館に行くのは、単に定期拾った時のお礼なだけ。

 それに、鈴音とはただの友達なわけで、世間が思うデートの形には当てはまるわけがない。

 私たちは、どこにでもある友人関係でしかないのだ。





 ——けれど、それは本当?





 酔いが回ってきたせいか、飲み込んだお酒の味はしないし私の声が変なことを聞いてくる。カクテルもこれで三杯目なので、夜なのに昼間の暑さに匹敵するぐらい急に身体が火照り始め、汗も少しずつ頬を伝っていた。

 

「適当なこと言って……」


 今はいないマスターにもう一度だけ悪態をついて、水を飲み干していく。

 

 そんなことはない。

 鈴音も、特別な意図なんて持っていない。


 呪文のように何度も昔馴染みの言葉を否定して、高まった熱を冷ますように手を扇にしてパタパタと仰いでいく。

 けれど、この熱は案外しつこく、そう簡単には引いてくれそうになかった。

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