点と線 13日目
休日にもなると町通りの賑わいも平日以上に増えていて、それは夜になっても落ち着く様子をみせず賑やかだった。しかし、私がよく行くバーの客数は裏通りにあるのもあって平日と変わることはなく、店内も騒がしさはなく周りに気を使うこともなかった。
そのお店の一角で、今日も一人お酒をたしなんでいる。
……そう言えば聞こえはいいかもしれないが、実際はヤケ酒に近いものだった。
「——それで、結局本当のことが言えなかったってわけ」
マスターにこの間の朝のことを話していると、呆れ顔で腕組みまでされてしまいなんだか怒られているような雰囲気になってしまっている。
……いや、実際そうなのだけれど。
「そんなんじゃ物事は前に進まないって、この間も言ったわよね?」
「それはそうだけど、何だか言いだしにくくて……」
「だからって、嘘を嘘で塗り固めてどうするのよ! そんなことやってると、後で痛い目に合うわよ」
彼女の強めな口調と的確なアドバイスに何も言えず、お店の片隅でどんどん縮こまっていた。
「……それにしても」
落ち込んで項垂れる私の頭上から、再びマスターの声が降りかかってくる。それは少し落ち着いていて、先程よりかは言葉の語気が弱まっていた。
「周りの誰にも興味なんて示さなかった無表情のあんたが、人間関係でこんなにも悩むなんてね」
ずっと頭を抱えている私をからかうように彼女は言いながら、カウンターに顎ひじをついて歯を剥き出しにして笑っていた。
事実、昔の私は周りの人や物事に一切の興味なんてなく、唯一関りがある彼女も向こうからしつこく話しかけられてようやくある程度話をするようになったぐらいだった。
それがずるずると続いて今でも彼女とだけ話すことはあっても、今後も交友関係なんて広がることはなく、こんな人生を送るしかない。
ずっとそう思っていた。
だからこそ、今こうして自分から森野さんに興味を持ち何をどう話そうかとなど考えていること自体が我ながら不思議でもあった。
一般的には、これは『運命の出会い』というのかもしれない。
けれど、それで出会ったからといってその後の関係をどうするのかは本人次第ということをとても痛感している。
昨日も何度かメッセージを送ろうとしていたし、アプリには通話機能もあるからそれで本当のことを伝えることも考えていた。しかし、その度に森野さんの悲しむ顔が浮かんできてしまい、それを想像するだけでも胸が痛くなってしまう。
その結果、現状維持が今の今まで続いてしまっていた。
もっと素直に、気楽に森野さんと話すことが出来たら——。
自分で撒いてしまった種故に、余計にそう感じてしまい今日何度目かの嘆息が零れる。
もっと前から色んな人と話していたら、こんなことにはなっていなかったのかな。
* * *
遠くから、音が聴こえる。
聴き馴染みのある声に、これも何度か聞いたことのある音楽が流れ込む。
その環境音に意識を取り戻したが、視界は真っ暗で何も見えなくなっていた。
どうやら知らない間に眠ってしまっていたらしく、身体中が動くのを拒むように鈍くなっていた。
その重みを振り払うように意識だけで身体を起こし、閉じていた瞼を開けば目の前でマスターがせっせと仕事をしている。
その様子をまだ覚醒していない頭でぼんやりと眺めて、今の時間を確認しようとテーブルに置いたスマホを取ろうとすると、私のものとは違う服が映り込んでくる。
私が眠っている間に、隣にお客さんでも来たのかな。
寝ぼけたまま顔を向けると、店内では珍しくスーツを着た女性が座っていた。
「……えっと、こ、こんばんは」
聞き覚えのある声に何度か見たことのある顔が小さく会釈をしてくるが、私はその相手に一瞬で目が覚めていく。
私より低めの身長に柔らかい曲線を描く身体、小さく丸みを帯びた顔がすべて整っていて可愛いらしさを体現していた。
どういうわけか、隣には森野さんがちょこんと座って私のことを窺っていた。
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