出会いと再会 5日目
長かった一週間の仕事も今日で終わり、明日からは気ままに過ごせるお休みがやって来る。そういってはみるけど、社会人になってからの休日は用事とか人付き合いとかであっという間に過ぎてしまうから学生の時みたいに素直には喜べなかった。
結局、あれから一度も会えなかったなぁ……。
暗くなっていく街の真ん中で、一人ぽつんと立ち彼女のことを考えている。
この五日間、外を歩く度にすれ違う人の中から作業服の女性を目で探してみたけれど、やはり簡単には巡り会えないようになっていた。
これが高校生や大学生ならクラスや学年でまだ会う手段があるのに、大人になると途端に会社などで隔たりが出来てしまうので見つけるだけでも苦労してしまう。加えて、昨日と一昨日のように残業が続いてしまうとその時間もなかなか取れなくなる。
今更になって大人になったのが少し不便だなぁ、と思ってしまうほどに窮屈さを感じてしまっていた。
* * *
駅が近づいてくれば自然と人の数も多くなり、駅構内へ入った時には賑やかな週末の始まりを告げていた。
人によっては近くの居酒屋で飲み会をしていたり、駅のすぐ隣の百貨店のビルで買い物をしたりしているけれど、お財布がそろそろピンチな私は寄り道をすることなく急ぎ足で改札口に向かう。
しかし、ここも休日を謳歌したい人たちでひしめき合っているみたいで、いつかの朝の光景を嫌でも思い出すことになっていた。
今は帰りで急ぐ必要もないので、一番混んでいなさそうな列に並んで静かにしていようと周囲を見回しながら充分に注意を払って遠回りをしていく。
あちこちに目を向けながら近寄ってくる人に気を使い続けてはいるのだが、途中からどれにも集中しきれなくなり、最終的には誰かと身体をぶつけてしまう。
「すみませ——」
すぐに謝り、急いで離れようとして——。
あの女性が、すぐ目の前に立っていた。
「こちらこそ、不注意ですみません」
相手も私の顔に一瞬驚いていたけれど、社会の中で身に着けた言葉づかいで謝り深々と頭を下げている。つられるように私も頭を下げ、仕事でもないのに何だかぎこちない雰囲気が出来上がり始めていた。
ここで縮こまってる場合じゃない。ちゃんとお礼を言わないと。
本来の目的を忘れないように頭の中で反芻し、ゆっくりと息を吸う。
「あ、あの!」
会社の面接以外で声を振り絞ることはなかったので、少し抑揚がおかしなことになったけど、気にせず言葉を続ける。
「この間は、ありがとうございました」
「別に大したことをした訳じゃないよ。それより、あの後大丈夫だった?」
「はい。おかげさまで始業には間に合いました」
「そっか。……それなら、良かった」
別れた後も気にしてくれていたみたいで、無事だったことを知ると朗らかに微笑んで自分のことのように嬉しそうにしていた。
その優しい笑顔が、急に胸を暖かくしていく。
こんな感覚、久しく味わったことなんてなくてその顔を目に焼き付ける以外の反応が上手く取れずに固まってしまっている。
今、彼女に会えてすごく嬉しいような楽しいような、そんな気持ちが心を埋め尽くしていた。
「じゃあ、私はここで」
一瞬の間に引き付けられていた笑顔もなくなり、彼女はそれだけを言うと立ち去ろうとする。
それが惜しくて、私は声を張り上げる。
「……私、森野 鈴音っていいます。良かったら、お名前を窺ってもよろしいですか……?」
変わらず多くの人が往来する中、彼女は振り返ってくれて少し驚いた様子でこちらを見つめている。
こんな自己紹介の仕方なんて学生時代でもやった経験はなく、ただ心の命じるがままに動いたことが後になって恥ずかしくなり脈が速くなっていく。
それから沈黙が広がり互いに何も言葉を交わさないでいると、さっきと同じ笑顔をまた浮かべてくれる。
「三ヶ島 三咲。よろしくね、森野さん」
差し出された手を一瞥して、顔を見合わせる。
まるで漫画みたいな出会いに思わず笑ってしまい、彼女の手を取る。
毎日が目まぐるしく変わっていく世界の中で、彼女——三ヶ島さんとこうして出会えたことは、きっと何かの導きがあるのかもしれない。
今は、そう信じてみても良いような気がしていた。
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