エピソード2:汚れぬ花-7

 裕司の言っていた倉庫に辿り着いた頃、梅雨らしい雨が降り出してきた。湿度と気温が高まり不快感が増している。


 少し離れた場所に自分の車を停め周辺を見渡すと、入口付近に停車する一台の車を発見。青色の軽自動車。四角いボディとナンバープレートのエリアから、坂戸薫の物で間違いなさそうだ。やはりヘビのところだったか……。


 静かに倉庫の壁際へ近付くが、雨のせいで中の音はよく聞こえない。しかしこちらの足音も搔き消されているのは有難い。窓から中の様子を窺うも汚れで殆ど見えなかった。少なくとも大人数では無さそうだ。


 仕方ないので堂々と正面から入る事にする。

 重たく冷たい扉を開けると埃くさい空気が外に漏れだす。今のところ反応は無い。


 薄暗い倉庫内にはステンレスの棚が並び段ボールが積みあがっていて視界が悪い。10メートル程進んだところで、ようやく開けた空間が現れた。そこはADCの溜まり場というだけあって、ソファやテーブル、テレビにゲーム機、バイクの部品などが転がっている。

 

妙に静かだ。雨音と自分の足音だけが響いている。しかし、坂戸の車は外にある、確実にこの中に居るはずだ。


 どこに居る……。目を凝らし慎重に進んでいたその時、


 ガタッ


 物音が聞こえた。……上か!

 音の主を探そうと見上げた瞬間、こちらを目がけて降ってくる鉄パイプの束。


 ガシャンッガラガラガラ!!!


 床に落ちた衝撃で金属音が鳴り響く。

 間一髪、落下地点から前転して避けた俺は、すかさず視線を上に戻す。


 中二階の事務所に繋がる階段に、悔しそうな表情を浮かべている金髪の男が立っていた。


 「お前が、梅島か」

 手摺にかけた腕の内側、手首の付近にヘビのタトゥーが見えた。

 

 「何故、俺の名前を知っているんだ」

 

 やや興奮気味の梅島が応える。


 「それはこっちのセリフだ。なんで俺が来る事を知っている?」

 



 鉄パイプの仕掛けは、恐らく急遽こしらえたものだろう。普段からあんな場所に吊るしておく理由は無い。それに、繋いであるロープは新品だった。

となると、この場所に何者かがやってくる情報を事前に仕入れ、準備をしていた事になる。どうやらコチラの質問に答える気はないようなので話を続ける。

 

 「そこに坂戸薫が居るんだな?俺はその女性に用があるだけだ。お前をどうこうしようとは思っていない」


 「そんなもん信じられるか。警察の手口には乗らねえ」


 「待て待て、俺は警察じゃないぞ」


 「うるせぇって言ってんだろう!」


 梅島は興奮気味にナイフを取り出すと、階段をジワジワと降りてきた。


 「今日はこんなのばっかりだな……」


 しかし梅島は両手で柄をしっかりと握り、攻撃する事を躊躇していない様子。裕司のとこの若いヤツに比べたら少しはマシなようだ。


 「うらぁあ!殺してやる!!」


 ご丁寧に掛け声をかけてから、真っ直ぐ突き刺そうと走ってくる。半身になり相手の左側へ一歩左足を踏み込む。同時に梅島の右肩と横脇腹に向けて掌底を食らわせる。

 走っている時、人間は横からの衝撃に弱い。少しの力で倒れてくれる。


 ヘッドスライディングをするような形で床に這いつくばった梅島の手元を容赦なく踏みつける。ナイフを手から離す為だ。ギャンっと動物のような悲鳴が聞こえた気がしたが無視する事にしよう。零れ落ちた獲物は蹴り飛ばしておく。更に身動きがとれぬよう、梅島の背中に腰掛ける。


 「もう一度聞くぞ。質問は二つだ。何故ここに人が来る事を知っていた?坂戸薫は上の事務所に居るのか?」


 「お前なんかに答える義理はない」

 無様な恰好でもプライドは持っているらしい。ここで問答を続けるのは面倒なので、首に腕を回す。


 「な、なにす……うぐっ」

 

 「心配すんな、殺しはしないさ。すーっと気持ちよく眠っちまうだけだ」


 締め技で意識を飛ばす。警察だった頃、術化特別訓練で後輩の悟によくかけた技だった。

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