エピソード2:汚れぬ花-6
クマの中華屋で一通り話を聞き終えた頃、沙良からの連絡が入った。まだ確証は無いが、坂戸薫が向かったのが半グレのジュンペイという男の元であれば非常にマズい。急がねば。
あまり使いたくない手段だが、選択肢は無さそうだ。車を飛ばし、Kuのある下町からさらに西部の隣町まで向かった。
この建物を訪れるのは実に8年振りだが、移転はしていないようだった。茶色のタイルで覆われた4階建てのビル。外階段から2階へ上がり、ドアのすりガラスに『井島組』と書かれている事を確認。ノックもせず扉を開ける。すると、この時代にしては珍しい、”いかにも”といったいで立ちの男が3人こちらを向いて睨みつけてきた。
「おい、何の用だ」
その内の大柄なスキンヘッドが話しかけてくる。
しかしこいつらに用は無い。
「新西はいるか?」
「居たらなんだってんだ、おい、名を名乗れよ」
「近くまで来たんだ、昔話でもしようと思ってな。有瀬と言えば伝わると思うぞ」
「あ?知らねえな」
「ああ、お前ら若いもんは知らないだろう、古い付き合いだからな」
「だったら連絡が入るはずだ」
今度は後ろにいた二人のうち、きっちりオールバックにまとめ上げた頭と黒いストライプのスーツを身にまとった男が割って入る。スキンヘッドよりは会話になりそうだ。確かに、古い付き合いの友人・知人が訪問するなら伝えておくだろう。しかしアポイントなど取っていない。
「生憎連絡先は知らないんだ」
本当の事なので正直に伝える。
「連絡先も知らない、俺達も聞いたことが無い野郎を、おいそれと若頭に合わせるわけにはいかねえな」
再びスキンヘッドが、今度は少し怒気を込めた様子で威嚇している。
「新西は若頭になったのか、出世したもんだ。それで、ここにいるのか?」
「聞こえなかったのか?そんな簡単に会わせるわけにはいかねえんだよ」
「困ったな、俺は急いでいるんだ。その扉の向こうか?それとも上の階か?」
こいつらに説明している時間が勿体無い、直接新西と話した方が早いので一先ず目先のドアを目がける。そして当然、3人が立ち塞がる。
「おいコラてめぇ!!勝手に開けようとしてんじゃねえよ!!」
スキンヘッドはコチラの態度に痺れを切らし殴りかかってきた。想像通りのリアクション。
俺の顔面に飛んできた拳を半身で避けつつ右腕を掴み自分の方へ引き寄せる。その勢いを使って膝蹴りを腹に1発。体力を使わずに深いダメージを与えられる楽な方法だった。直線的でわかりやすい攻撃を仕掛けてくれたスキンヘッドに感謝したいところだ。
腹を抑えながら両ひざを付く大柄な男は、苦しそうに何か言いたげな顔を向けてくる。
「まだやるか?」
すると今度はオールバックが仕掛けてくるようだ。ナイフを片手に息を荒げている。一撃で倒れた仲間を見て少し怖気づいているのだろうか。持ち手が安定していない。
「慣れない獲物なんて使おうとするなよ、もうそんな時代でもないだろう」
「う、うるせぇ!」
構わず切りかかってくるので今度は右足でナイフを持つ腕を蹴り、その勢いでもう一回転。遠心力で威力の高まった右足を左側頭部目がけて振り抜く。
オールバックも倒れこんだところで、残る一人に声を掛ける。こいつは新入りだろうか、オーバーサイズの柄シャツが似合わない幼い顔をした若者だった。一部始終をその場に立ち尽くしたまま見ていた彼に、もはや行動を起こす気は無さそうだ。
「新西に繋いでくれ。有瀬と言って伝わらなかったら帰ってやるから。急いでくれるか?」
「わかりました……」
小声で答えた若者はすぐに電話を掛けた。上の階にいるようなので、降りて来るよう伝えてもらうと1~2分もしないうちに外から階段を下りる音が聞こえ、扉が開く。
「有瀬さんじゃないですか!随分久しぶりですねぇ」
「直接会うのは5年振りくらいか?随分立派になったな裕司」
新西裕司は、過去俺が組織犯罪対策課に所属していた頃に出会った青年。警察と暴力団員が懇意にしているなど本来あってはならない事態だが、彼は情報屋としての付き合いがあった。その後成り上がった話は人づてに聞いていたものの、まさか若頭にまでなっていたとは。
その風貌は青臭さが抜け、威圧感こそないものの裏の世界を生きる男の風格が見て取れる。物腰の柔らかさとは裏腹に光る鋭い眼光。当時からキレ者ではあったが、この数年でいくつもの修羅場を踏んできたのだろう。
「お蔭様で。来るなら連絡くれれば良かったのに」
「警察辞める時に連絡先全部消しちまったんだ」
「有瀬さん、あれからいろいろ大変だったみたいですね……ところで今日はどんな御用で?あれ、何でこいつら寝てるんだ?」
部下が倒れている姿にようやく気付いたようだ。
「ああ、すまん。俺が悪いんだ、早いところ裕司に繋いでもらうにはこれが最速だと思ってな」
「相変わらず無茶な人だ」
「急いでいてな。悪いが裕司、久々に情報屋をやってくれないか?」
「良いでしょう。久しぶりなんでお手柔らかに」
「単刀直入に聞く。ヘビのタトゥーが入ったジュンペイって名前の半グレ、知っているな?」
「警察辞めたんじゃなかったんですか、有瀬さん。どうしてそれを」
「まあいろいろあってな。そいつの居場所を探している。急ぎなんだ、何か知っている事があれば教えてくれ」
「わかりました。奴は梅島順平、ADCという名前の半グレグループのNo.2です。少し前にうちのシマで好き勝手やっていたので様子を見に行くと、暴対法だの暴排条例だのを盾にコチラを脅してきた野郎ですね。しかしコイツ自身はケンカも出来ねぇ見栄っ張りな雑魚です」
「そいつらの溜まり場とか、拠点はわかるか?」
「ええ、河川敷のところの廃倉庫を使っているらしいと聞いています」
「よし、わかった」
「待ってください、一つ注意点が」
「なんだ?」
「梅島自身は怖くないですがADCは少し厄介で、うちみたいな組が厳しくなった取り締まりで弱っているところを狙い、勢力を拡大してきた連中です。ただの若造だと思っていると痛い目見ますよ」
「なるほどな。用心するよ」
「念のため、これ、差し上げます」
裕司は茶色い紙袋を渡してくれる。中身は見ていないが、形状や重さから大対の想像はついた。
「いや、これを使うワケにはいかないな。俺はもう一般人だ、こんな物使ったら……」
「安心してください、よく似せて作ったモデルガンです。BB弾しか出ませんよ。威力は並みじゃないですが」
流石に本物を渡すような事はしていないようだった。人数的な不利があるので、使わせてもらうか。
「そうか、ありがとな。今度一杯奢らせてくれ」
「ええ、楽しみにしています」
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