第243話 奥州恋歌1


「雪村、ぼんやりするな。来るぞ!」


 正宗の声に我に返り、私は左に飛び退った。一瞬前までいた場所が、裂くように抉られている。


「正宗殿、九尾だと言ってませんでしたか!?」


 九尾で手古摺っているから手助けしてくれ、って話だった気がするんですけど!


「右近が五尾、左近が四尾で合計九尾だ!! 左近だけでもこれだけ手古摺るんだ、九尾なんぞ相手に出来るか!!」

「全く以てその通りですけど、情報は正確に!!」


 妖狐は生きた年数でしっぽの数が増える。茂上の霊獣が九尾二体じゃなかっただけマシだけど……ゲームでは両方、しっぽは一本だったよ。

 そして九尾じゃなくても、四尾の左近は普通に手強い。


「こんなのを国境に置かれるなんて、どれだけ御親戚に嫌われているんですか。全然攻撃が効かないですよ!?」

「だから炎虎を貸せと言ったんだ!」


 この世界には五行相克という、木は土に強く、土は水に強く、水は火に強く、火は金に強く、金は木に強い、という概念がある。それでいくと火属性の炎虎は金属性の妖狐に強いって事になる。


 目の前には巨大な妖狐。

 今は二本に減ったけど、本来しっぽが四本ある茂上の霊獣が、目をつり上げて威嚇している。

 四尾でも十分に強いのに、こんなのを二体相手にしながらの撤退戦なんて、想像しただけで無茶苦茶だよ。


 今回の対戦中に何とか攻略法を見つけたい……しかし妖狐は、目を狙っても喉を切りつけてもしっぽを切り落としても、あまりダメージを受けているようには見えない。


 金属性だから、武器を使った直接攻撃は相殺されているのかも。折れた刀を放り投げ、私は槍を構え直した。

 ほむらの吐く炎には一定のダメージを受けているけど、巨体なぶんHPが多いのか、なかなか倒すまでに至ってない。

 武士が対戦するなら、火計を使うと効果があるかも知れないな。


 とにかく弱点を突かないとこっちがジリ貧だ。

 弱点はどこだ? 一気にHPを削れる弱点。


「雪村、左近の尾を全部切り落とせ!」

「簡単に言わないで下さい! どれだけ硬いと思っているんですか!?」


 しっぽを斬り落としても、さほど弱った気がしない。ここは弱点じゃない。さっさと終わらせて帰りたいのに、予想外に時間が掛かっている。

 男の時よりも体力が無いから、けっこうキツい。


 命令ばかりであまり動かない正宗に苛立ちつつ、私はほむらを呼び寄せた。


 信厳公がほむらを使役していた頃は、土中から火柱を吹き上げられたって聞いた。けれど、あいにく私ではそんなに凄い事は出来ない。そもそも私の霊力が尽きたら、ほむらの召喚すらできなくなってしまう。


 この攻撃が最後だ。


 外皮が硬いなら内側を狙おう。丸腰になるから失敗は出来ない。

 槍を杖のようにして身体を支え、ふらつきながら妖狐を見上げた。ほむらがするりと身を寄せてくる。


 疲れていると見たか、妖狐が裂けた口を歪めてこちらの様子を窺がっている。

 踏み出そうとした足元が蹌踉よろけた。


「あっ」

「馬鹿! 何やってんだ!!」


 大きな口に涎を滴らせた妖狐が、体勢を崩した私に襲いかかってくる。

 抜刀した正宗が、間に割り込もうとしたけれど間に合わない。


 今だ! 


 即座にほむらの炎を槍に纏わせ、私は力いっぱい妖狐の口中にその槍をぶち込んだ。


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