第218話 懸念1 【正宗再来桜姫視点】~side S~


 オッス。オラ桜姫。

 現在の俺は、自室の襖をほっそく開けて、雪の正宗接待をのぞき見中だ。


 別に好きで覗いている訳ではない。真木邸での桜姫の部屋は、いくつかある客間の一室が宛がわれている。

 たまたま接待に使われた部屋が 隣の客間だっただけだ。


 今日は正宗が沼田に来ていたようで、厨方面が大騒ぎだった。

 前に雪が「桑の実を使った菓子を作りたい」って言っていたから、菓子の試作でもしていたんだろう。

 だったら正宗が帰った後でスイーツを食わせて貰える、と楽しみにしていたんだが、肝心の正宗が帰る様子がない。

 俺はそっと隣室から、正宗の動向を窺っている最中だ。



「正宗殿、そろそろお帰りにならないと。奥州までは遠いですよ?」


 暗くなった部屋に明かりを灯して、雪が正宗に声をかけている。

 縁側に座っていた正宗が「心配無用だ。今夜は月が明るいからな」と、笑いながら杯を呷った。


 傍らには徳利が置かれていて、正宗が手酌で飲んでいる。中身は酒だろうか。

 しかし本当に帰る気配が無いな。

 俺は襖の影でそわそわと 落ち着かない気分になった。



 満月が少しだけ欠けた十六夜の月

 仄かな灯りだけの薄暗い部屋

 何やら妖しげな雰囲気を醸し出している正宗……


 ……ムード満点なんですが、これは一体……?




 雪と正宗の間でイベントが起きている事は知っていたが、てっきり『手作りお菓子』絡みの友情イベントだと思っていた。


 ……思っていたんだが。


 飲酒運転を心配する雪を掴まえて 雰囲気出している正宗は、どこからどう見ても恋愛イベントモードだ。


 何という事だ……いつの間にこんな事になっていたんだ、というか。

 何で雪はこれに気付かない!? 

 正宗が空から落ちる心配より自分の心配をしろ! このあんぽんたん!! 


 襖のこっち側で、うろうろそわそわする俺にはお構いなしで、正宗が本気モードに突入する。


「雪村。奥州に来い」

「また怨霊が出たのですか?」


 ちがうよ馬鹿!! ぷ、プロポーズじゃん、何でそんな事になってんの!? 

 しかしその間違いにはすぐに気付いたらしく、雪がきりりと言い直す。


「私は真木信倖の弟で、沼田の城代です。他家に仕官するつもりはありませんよ」

 うわああそっちも違う!!


「誤魔化すな!」

 ですよね! そう言いたくなりますよね!!


「誤魔化してなどいませんよ。酔っ払いは嫌いです。そろそろお帰り下さい」

「……ッ!」


 俺は頭を掻き毟りながらその場に崩れ落ちた。

 プロポーズしてきた相手に『嫌い』『帰れ』って……! 


 正宗の心境たるや想像を絶するものがあるが、自暴自棄になられては困る。俺はがばりと顔を上げた。

 何かあったら乱入して止めに入ろう。そうするしかない!!


 そう思った矢先に襖の隙間から、ブチ切れた正宗が雪を抱き寄せるのが目に入った。

 ほら見ろいわんこっちゃない! ここは18禁乙女ゲームの世界だぞ!? 

 18禁とはそれ即ち、フラれたら実力行使もアリってことだ! 知らんけど!! 

 俺は慌てて襖に手を掛けた。


 正宗は本気だ。

 桜姫の腕力では何が出来る訳でもないが、第三者が乱入したら怯みはするだろう。いや、もうそんな悠長な事を言っている場合じゃない!!


 あと三秒遅ければ キスされていただろう。


 雪を抱き寄せ顔を近づけた正宗に、雪はかっきり二秒後、突き上げるような頭突きを喰らわせた。


 口を押さえた正宗が 派手に仰け反る。


 俺は笑うべきか正宗に同情すべきか判断できずに立ち尽くしたまま、「俺は諦めが悪いぞ。欲しいものは何が何でも手に入れる。覚悟しておけ!」と懲りずにダメ押しのプロポーズをぶちかまして逃げていく正宗と、「おのれ、取り逃がしたか……!」と岡っ引きみたいな事を言っている雪を呆然と眺めた。



 まさか、正宗とまで恋愛イベントを起こしているとは思わなかった。

『正宗の手作りお菓子』って友情イベントのアイテムじゃなかったの……?



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