第217話 正宗再来11
「また怨霊が出たのですか?」
だから『歪』は塞いでおけとあれほど。
と言いかけて、正宗の様子がちょっとおかしい事に気が付いた。怨霊退治の依頼なら、はっきりとそう言うだろう。
あれ? もしかして……
睨みつけるように真剣な正宗を、まっすぐに見返す。
「私は真木信倖の弟で、沼田の城代です。他家に仕官するつもりはありませんよ」
「誤魔化すな!」
「誤魔化してなどいませんよ。酔っ払いは嫌いです。そろそろお帰り下さい」
「……ッ!」
他家の家臣を調略して、寝返りの工作をする事はよくあるけれど、雪村は当主の弟だよ?
兄上と仲が悪い訳でもなし、そんな話を持ちかける方がどうかしている。
まあ酔っ払いの戯言だし、この件は聞かなかった事にしよう。
私は表情を和らげて正宗を見上げた。
「本当に酔っておられますね。お帰りになる前に水を飲まれますか? そのままで空を飛ぶのは危ないですよ。誰かある」
水を持ってきて と言う為に、部屋の外に出ようとした途端、正宗が掴んでいた私の腕をぐいと引き寄せた。
「あ……っ」
よろけた私は どすんと正宗の胸元に倒れ込む。そのままぎゅうぎゅうと押さえ込まれて、私は小さく悲鳴を上げた。
戦国武将の筋肉質な胸など 柔らかい訳がない。
顔から思いっきり突っ込んで鼻をぶつけた挙げ句に押し潰された私は、イラッとしながら涙目で正宗を見上げた。
思っていたよりもずっと、正宗の顔が近い。
「雪村……っ」
さらに正宗の顔が近付いてきて。
イラついていた私は咄嗟に、逆襲の頭突きをぶちかました。
*************** ***************
「……ッツ!」
口にヒットしたらしき正宗が、口元を押さえて仰け反る。
声が出せなかったらしく、暫く黙っていた正宗が、殺気すら感じられる鋭い視線で私を睨みつけた。そして。
「仕切り直しだ。今日のところは引いてやる。だが俺は諦めが悪いぞ。欲しいものは何が何でも手に入れる。覚悟しておけ!」
口を押さえたままがなり立て、正宗は独眼竜を呼び寄せて荒々しく去っていった。
「ちょ……!!」
慌てて呼び止めた私に正宗が、「覚えてろよ!!」と捨て台詞を吐き捨てる。
「ええい皆のもの、出合え 出合えい!」
怒髪天を突いた私は、取り乱した悪代官のように庭に飛び出した。しかし独眼竜はすでに遥か上空だ。
私の怒りの罵倒は、もう届かない。
「おのれ、取り逃がしたか……!」
「雪村様、怒り過ぎて言葉遣いが変ですよ」
正宗が室内から呼び寄せたせいで、独眼竜が障子を突き破って乱入し、部屋が滅茶苦茶になってしまった。
これを怒らずにどうしろと言うのか。
しっかり頭突きの報復を済ませてから逃げ帰った正宗に、私はぎりぎりと歯軋りした。
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