第216話 正宗再来10
「正宗殿、そろそろお帰りにならないと。奥州までは遠いですよ?」
薄暗くなった部屋に明かりを灯し、いつになく長く居座っている正宗に、私は遠慮がちに声を掛けた。
いつの間にか空は、夕焼けの橙から夜の紺に移り変わっている。満月から少しだけ欠けた月は明るいけれど、独眼竜を使っても奥州までは結構遠い。
正宗が少し笑って、手にした杯をぐいと煽る。
「心配無用だ。今夜は月が明るいからな」
私はお酒が飲めない。
接待と言っても特に何をするでも無く座っていると、正宗がふとこちらを見た。
「直枝とも、こうして過ごす事はあるのか?」
「ふた月に一度、桜姫をお迎えする為に越後へ出向きますが、私がお酒を飲めない事はご存じなので、このような接待は無いです。兼継殿もお忙しい方ですから、こちらにいらっしゃる事も殆ど無いですし」
「そうか……いつか聞こうと思っていたんだが。お前にとって、直枝は何だ?」
正宗がお酒に口を付けないまま、何でも無い事みたいに聞いてくる。
何だと言われてもなぁ。
「兼継殿は、私が越後に居た頃に世話役をして下さった方で、友人です。少なくとも私はそのつもりですが」
今でも世話役気分が抜けてないのかなって思うくらい子供扱いしてくるし、兼継殿の方は雪村をちゃんと『友人』と思っているのかは微妙だけれど。
ちょっと考えながら返すと、正宗が興味津々な感じで身を乗り出してきた。
「なるほど。では俺は何だ?」
「正宗殿ですか? そうですね……『知り合い』でしょうか」
「おいぃ!!」
「あはは。冗談ですよ。正宗殿も友人です」
笑って返すと、正宗がふて腐れた顔でそっぽを向き、杯をことりと置いた。
杯の中身は、綺麗な紅に染まっている。
発酵してしまった桑の実は酒に合わせるといい、って正宗がお酒に混ぜて試飲中なんだけど、なかなか帰らないのは酔っているせいじゃないだろうか……
ここで飲ませるべきじゃなかったか……?
それより酔っ払って、帰る途中で独眼竜から落っこちたら困る。
私は徳利を取り上げて、正宗の顔を覗き込んだ。
「これはお土産にしますから、ちゃんとおうちに帰ってからお飲み下さい。酔っ払ったまま龍に乗るのは危ないですよ」
「はは! 『おうちに帰ってから飲め』か! 母親か、お前は」
おのれ。こっちは心配して言って居るのに馬鹿にしおって。
「お酒を移し替えてきます」
酔っ払いの相手はしていられないので立ち上がると、正宗が腕を掴んで引き止めてきた。
「こんな話がしたいんじゃない。今日はお前に、大切な話があって来たんだ」
「何ですか?」
「お前は俺を友だと言ったが、俺はそうは思っていない。母ですら忌み嫌った俺の眼を恐れず、怨霊退治まで熟す女になど、もう二度と出会えまい」
腕を強く掴んだまま、正宗が私を真剣な顔で見返してくる。
「雪村。奥州に来い」
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