第219話 懸念2 ~side S~


 それはともかく。

 問題なのは正宗の『恋愛フラグ』が立っている事に、雪が気づいてないところだ。


 越後に戻ったタイミングで、ちょうど雪が「今度のお菓子、あんまり甘くないんだ。せっかくだから兼継殿にも試食して貰いたい」と言い出したので、俺はそれにかこつけて兼継を奥御殿に呼び出した。


 雪が奥御殿の厨を借りて、正宗レシピのスイーツを作っている間、俺は兼継と囲碁なんぞを嗜みながら、先日の経緯を伝えた。


「……とまあそんな訳で、正宗には注意した方がいいと思うんだ。俺からも言っとくけど、あんたからも釘を刺してやって」


 悩みまくって決めた所に黒い碁石をぽとりと置いて、俺は盤の向こうの兼継に顔を向けた。

 碌に考えてもいなさそうな感じで、兼継が最適な場所にぱちんと白の碁石を置く。

 また俺の番か、頭を掻いて盤に目を落とすと、兼継がやっと口を開いた。


「それならば、まずは信倖の耳に入れるべきだろう。縁組は家同士の問題だ。当主の許可なく出来るものではない」

「そんな常識が正宗に通じるなら、こんなに心配してないよ」


 ゲーム中の正宗は、なにかポカをやらかす度に『死に装束』を着て謝罪に出向き、どういう訳かそれで許されている。雪に何かやらかして信倖を激怒させたとしても、おそらくそれで乗り切るだろう。

 正宗の装備欄に『死に装束』がある限り、あいつは無敵だ。

 字面だけなら呪いのアイテムなんだがな……


「正宗は当主が信倖だって知ってるよ。それどころか雪村に「帰れ」って言われて、襲いかけたぞ」


 もっと危機感を持たせようと、言葉を選ばずダイレクトに伝えたが、兼継は思った以上に冷静だった。


 碁石を弄ぶ俺をちらと見て、兼継が小さく吐息をつく。


「あの娘には「痛い目を見る前に 館から手を引け」と伝えてある。関わり合いにならずに済むよう、あらゆる手も打った。これ以上、私に何が出来るというのだ」

「え?」


『痛い目を見る前に手を引け』


 聞き覚えがあるフレーズだ。これってゲームで敵対関係になる二人を二股かけた時に発生する『忠告イベント』の台詞じゃね? 


 例えば、兼継と敵対しているキャラは正宗で、この二人の恋愛イベントを並行して進めると兼継が「あの男には義の心がありません。痛い目を見る前に手を引かれよ」と桜姫に忠告してくるイベントが発生する。


 するんだが……。

 ええと、この『忠告イベント』も、雪で起きているって事か……?


 モッテモテじゃん、雪。などと言っている場合ではない。


 このままじゃメインヒーローが正宗ルートに入ってしまう。

 おまけにそのまま男に戻されでもしたら、乙女ゲームでBLエンドだ。

 それでなくともカオスな状況を これ以上カオスにしない為にも、ここは何とか しなければならない。


「なあ、兼継」

「そもそもあの娘は危機感が無さ過ぎる。お前の世界とやらはどうなっているのだ!」


 碁盤を前にして兼継が、何故か俺に文句を言いだした。

 正宗から雪を守るためのアドバイスが欲しかったんだが、そうとう腹に据えかねていたらしい。


 俺に言われても困るんだが、憤懣やるかたないって感じのあいつの顔を見ていると、こっちも苦労してるんだなーと微笑ましいキモチになってくるな。

 現世の雪と知り合いだった訳じゃないから何とも言えんが、同じ時代の日本人ならまあ、状況は一緒だろう。


「俺たちの世界は戦も無いし、怨霊も出ないからな。もっと言えば夜も昼間みたいに明るくて、女が夜道を一人歩きしていても平気な世界だよ。油断していたら いつ乱取りされるか解らない此処とは 全然違う」


「そんな世界があるのか……?」


 暫く押し黙っていた兼継が ぽつりと呟く。

 こんな時代を生きている奴からしたら そう思うだろうな。鉄のイノシシだって わんさか走っているさ。


 兼継の反応に気をよくして、現世のあれこれを面白おかしく喋っていると、興味津々で聞いていた兼継が、碁石を弄びながら ふと俯いた。


「……ならば この世界は、生きづらいだろうな」


 あれ? ちょっとヘコんでない? ……これはもしかして、あれかな。

 後でしっぺ返しが来るのが怖いが、興味の方が勝った。


「あのさ、兼継は雪が好きなの?」


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