第211話 お告げと嘘と個別ルート3 ~side K~


 後には戸惑った様子の雪村が残されたが、困惑したのは兼継も同じだ。


「いずれ、あの娘にも伝えねばならぬ」とは言った。

「いずれ」だ「いずれ」、「今」では無い。


 それこそ先日の雪村ではないが「お伝え出来ない事ってあるじゃないですか。やっぱりちょっと……内容が内容ですし」という奴だ。


『探したが、元の身体に戻す方法は『契る』以外に無かった』。


 これを伝えて、何時ぞやのように雪が泣いて嫌がったらどうする。こちらの精神がもたないではないか。

 それこそ元の雪村であったなら「仕方がない。今すぐ契って戻すぞ」とあっさり言えたのだろうが……


 それに


『歴史の修正力』 

 そのような事象があるならば。そして雪がそれに抗うと言うのなら、私がそれに呑み込まれる訳にはいかないではないか。


 五年か。

 兼継は改めて、目の前の雪を見遣った。


 本人は桜姫と兼継の逢引きを邪魔したと勘違いでもしているのだろう、そわそわと気まずそうにしている。

「あれは方便だ、気にするな」と知らせてしまいたいが、兼継から伝えるには弊害があった。


 雪は未だ「桜姫と兼継が共謀して『芝居』を打っていた」と知らない。

 それは『雪村が死ぬ運命』を避ける選択をしていないという意味だ。そしてその策を打った桜井に無断で、それを本人に明かす訳にはいかない。

 

 だが別の道が開けた。


『桜姫と添い遂げる』未来を選ばなくとも、五年後の戦を無事に乗り越えれば。

 そうすれば雪村は、運命を越えられる可能性がある。


 あとたったの五年だ。この娘と共に居られるのは。

 だがそのような運命も おそらくは天の配剤なのだろう。


 兼継は改めて、居心地が悪そうな様子の雪を見遣った。桜姫に遠慮してのことか、距離を置かれている現状がすでに耐え難い。

「桜姫とは添い遂げない」と遠回しにでも伝えておこうと、兼継は口を開いた。


「先ほど姫にも伝えたのだが。与板の養父から、縁組の話が来た」

「えっ!?」


 さすがに驚くか。桜姫の件が芝居だと知らないのだから。


 内心苦笑しながら「断っている」と伝えかけた途端、予想外の必死さで雪村が袖を掴んできた。


「あ、あの、それで兼継殿は」

「影勝様が妻を娶っていない現状で私が先に、という訳にもいくまい。そのように養父には伝えてある」

「そうですか」


 ほっと息をついて顔を伏せた雪を、兼継は複雑な気持ちで見下ろした。


 おそらく雪は『桜姫との未来』をどうするつもりかと危惧しただけだ。

 そうに違いない。だが……


 そのような反応はしないで欲しいものだな。

 私の縁談話に衝撃を受けたかと 勘違いしたくなる。


 袖を掴んだままじっとしていた雪村が、気遣わしげに言葉を続ける。


「影勝様の縁組は大変なのでしょうね。今は霊力が高い姫も数少ないですし。しかし武隈と真木の例もあります。万が一の事があっても兼継殿のお子なら、龍を従えられる霊力を備えているのではないですか?」


「……私が好きな娘は訳有りでな。子は出来ない」


 今度は兼継が顔を逸らす番だった。  


 お前と契れない以上、子など出来ない。


 そう言いたくとも、言ったところで詮方なき事だろう。

 兼継は静かに目を伏せている雪に、視線を戻した。


 どうせ想いが叶う事などないのだ。

 五年後に起こるという『運命の戦』。それを越えるまで この娘を守り抜こう。

 隙だらけのこの娘は、いつ 『歴史の修正力』の餌食になるか解ったものではない。他の男に『雪村』に戻されぬ様、しっかりと見張っていなければ。


 ……花押を刻んだ娘なのに、手に入れる事が出来ないとはな。


 絹糸のような前髪を払い 軽く額に振れると、花押を象った仄かな光が宿る。

 袖を掴んだまま 雪が控えめに微笑んだ。


「たとえ今生で添い遂げられなかったとしても、天に戻ったその先で、結ばれる事もありましょう。私はそう信じます」


 このような局面で どうしてそれを言うかな。決心が鈍るではないか。

 泣きそうな顔で微笑む雪を そのまま抱き寄せ、兼継は小さく息をついた。


 五年のうちに諦めようと思っていたのに。これでは諦められなくなる。


 生涯、契れなくとも良い。側に居てくれるだけで良いから。

『運命の戦』が終わっても、このままで居てくれないだろうか、と。


 その為には雪自身に「雪村を切り捨ててでも 兼継と共にありたい」と思わせなければならない。


 とんでもなく高難易度だ。


 大人しく寄り添っている雪の髪を撫でる。

 さらりと指の間から流れ落ちる捉えどころの無さは、本人に良く似ている。


 それを一房掴み取り、兼継は小さく呟いた。


「……お前は解っていないのだろうな」


 心を許して寄り添っている相手が、このような事を考えているなどと。

 返事は無いが、許可を得るつもりも無い。


 ――難儀な恋をしたものだ。


 兼継は吐息を噛み殺し、俯いたままの小さな頭を撫で続けた。

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