第210話 お告げと嘘と個別ルート2 ~side K~
あと数年の内に『雪村が死ぬ』という未来の存在。
雪村を元に戻すには、『契る』以外に方法がないとも確定した。
挙げ句、先日は男に戻す覚悟を持って臨んだ筈が、雪に躱されまくってしまった。
心が折れた。これ以上、自分を追い込むような真似は避けるべきだろう。
死ぬにしろ男に戻るにしろ、どちらにしても雪を失うのなら、このような芝居になど意味は無い。
渋るかと思ったが、予想外に桜井はあっさりと引き下がった。
「ああ。うん、解った。今までありがとうな」
「……随分と引き際がいいな、何かあったか」
「何かも何も。嫌ならいいよ、ってだけだよ。結局は雪を騙しているだけだし、言われてみれば あんたもそういうお年頃だろ? 時間が限られているならこんな芝居、確かに無駄だよな」
そして「そういう話が来ているなら安心したよ。雪はいずれ、男に戻るんだしさ」と、少し笑う。
おかしい。
個人的な感情はどうあれ、桜井が雪に対して親身に接している事は、兼継も認めている。その男が、こんなにあっさりと引き下がるものか。
桜井の思惑が読めず、兼継はぐいと細い肩を掴んだ。
「何か進展があったな?」
「進展っていうか……さっき言った通りだよ。雪はいずれ男に戻るんだから、あんたがちょっかいを出せる時間は限られているんだ。それを邪魔しちゃ悪かったなって」
こちらは真剣に挑んでいるというのに、それを「ちょっかい」とは何事だ。
いや。あのように空振ってばかりでは、傍から見ればそうとしか見えないだろう。兼継は吐息をついて、桜井を見返した。
「……お前もある意味、当事者だ。伝えておこう。雪村を元に戻す『他の』方法は 見つからなかった」
「そうか」
「いずれ、あの娘にも伝えねばならぬ」
もう、諦めよう。
雪には「桜姫の件は勘違いだ」と伝え、元の身体に戻すには『契る』以外の方法は無い、と伝えて
あの娘の事は、長い夢を見ていたと忘れよう。
兼継をじっと見ていた桜井が、少し考える表情になり、やがて口を開いた。
「それなら俺も教えておくよ。俺がこんな芝居を持ちかけたのは、『雪村』が生き残る可能性に賭けてだ、とは話したよな? お互いにそういう認識でいれば、実際に俺とあんたが添い遂げる必要も無いんじゃないかとも思ったしさ。別に手を引くのはいいんだ、あんたにはあんたの人生がある。でも雪を戻すのは五年、待ってくれないか? その頃に発生する『雪村が死ぬ運命の戦』が過ぎるまで。それを『女の雪村』のままで越えられれば、雪村の運命を変えられるかも知れない、と俺は思うんだ」
「信倖が、今の雪村を戦に出す訳がなかろう。その論理でいくなら、何を不安に思う必要がある」
「そうなんだけどさ」
考え込んだ桜井を見遣り、兼継は僅かに眉を顰めた。
桜井が小さく息をつく。
「雪とも話したんだ。このまま女でいようって。そうしたら『雪村が死ぬ』運命を、回避できるんじゃないのかって。でも雪が言うには、本来の歴史を変えようとすると『歴史の修正力』って力が働いて、結局歴史は変えられないって説があるらしいんだ。だから『雪村が死ぬ』運命を変えようとしても それを阻止する力が働いて、おそらく『運命の戦』前には男に戻る事になるだろうって」
「……」
男に戻す。まさに今、兼継がしようとしていた事だ。
これも『歴史の修正力』だと言うのか。
それでは死ぬ運命に抗おうとしている雪にとって、今の兼継は『歴史の修正力』の発動でしかない。桜姫と寄り添う未来を拒絶し、あまつさえ元の身体に戻そうとしているのだから。
「何故それを先に言わない!?」
「だって越後じゃ『毘沙門天の差配』とか言って、あんたを全力支援って風潮なのに、肝心のあんたがヘタレじゃん。雪にちょっかい出しまくってる癖に、ぜんっぜんオトせないし。五年待った挙句に他の男にもっていかれた、なんてオチになりそうで怖いよ」
「へたれの語源が解らん。どういう意味だ!!」
褒められていない事は解る。
しかし話の流れから「へたれ」の意味を正確に察する事が出来ず、聞き返した兼継に、桜井が「何でそこに食いつくんだよ」と突っ込んだ瞬間。
「桜ひ……」
聞き覚えのある声がして、兼継と桜井は咄嗟に声を呑み込んだ。
小柄な桜姫の頭越しに、慌てて木陰に隠れる雪村が見える。兼継はがくりと肩を落とした。
またこの娘は、何故このような時に。
振り返って見ていた桜井がにやりと笑い くい と顎をしゃくって兼継を見る。
ついて来い、と言いたいらしい。
仕方なく足音を忍ばせて、隠れた木に近寄ると、こそりと木陰から顔を出した雪がふたりに驚き、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「どどどどうしたんですか、桜姫!? 何故、わたしが居ると」
「だって雪村、わたくしを呼んだじゃない」
期待を裏切らない反応をしているな。
いつもなら微笑ましく思うところだが、今はそのような心境になれない。
黙然と見守る兼継と、慌てる雪村を交互に見て、桜姫が笑いかけてきた。
腹に一物あるといったような笑顔で、兼継はまたもげっそりする。
「兼継殿にご用事ね? わたくしのお話は終わったの。どうぞ ごゆっくり」
雪が呼んだ相手は 桜姫だったぞ。
そう突っ込む前に、桜姫は高笑いと共に去っていった。
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