第212話 金髪医師と麻沸散
兄上が派遣してくれたお医者さんが、沼田に赴任してきた。肥前で勉強していた 大変優秀な人らしい。
今度来るお医者さんの父上は、昔から上田の城下で医者をやっているおじいちゃん先生で、昔から見た目が全然変わっていない。
その息子さんなら、中年くらいの年齢かな?
そう思っていたのに。
「こんにちハ。よろしくネ」
フレンドリーに挨拶してきたそのお医者さんは、予想以上に若い。
そして予想外に 金髪碧眼だった。
おじいちゃん先生との共通点は、光り輝く頭くらいですよ……? 生えていないかフサフサかの違いはあるけれど。
あのおじいちゃん先生の奥さんは、普通のおばあちゃんだった気がする。
けれどあえてそれを忘れた振りをして、私はこそりと聞いてみた。
「兄上。あの先生の奥方は、異国の方だったのですか?」
「いやあ僕も最初はよからぬ事を考えたんだけどね。先生が肥前で医学を学んでいた時に、捨て子を引き取ったんだって」
ああなるほど。またモブが、無駄に18禁乙女ゲームの世界観を出してきたのかと思ったよ。ごめんおじいちゃん先生。
金髪先生は、当主兄弟がよからぬ想像をしていたなんて気づいていない顔をして、にこにこと笑っている。
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「そんな訳だからさ、若先生はこの国で最先端の医術を学んできたんだよ。雪村、元の身体に戻る方法がないか聞いてみたら?」
六郎が金髪先生を療養所に案内している間に、兄上がこそりと耳打ちしてきた。
便宜上、周囲に「女子になる病に罹った」って事にしておいたら、兄上もいつの間にかそういう認識になっているみたいだ。
「そうですねぇ……」
兄上に合わせて返事はしたけれど、女体化が『カオス戦国』のイベントのせいだと知った今、異世界だろうが優秀なお医者さまだろうが、こんなとんちきな病気の治療方法が見つかるとは思えない。
いや、むしろ
「男の人が女の子に変化したのですカ!? そんな症例は今まで聞いたことがありませン!!」
戻って来た金髪先生は、目をきらきらさせて私の手を握った。
さり気なく、脈をとっている。
ほらあ兄上、勉強好きな人は知識欲が旺盛ですよ?
エスカレートした金髪先生が、私の顔を押さえ込んで下瞼の血行を見たり、舌を出させたり。さらにその舌を掴んで引っ張りだし、私がげえげえ言い出したあたりで、兄上が慌ててストップをかけた。
げほげほ咳き込んでいたら、知識欲もりもりな金髪先生は、もじもじと照れながら上目遣いで見上げてきた。
「よろしければ雪村サン。……今度、解剖してもいいですカ……?」
もじもじしながら言う台詞じゃないし、そんな魚を捌くような気楽さで言わないで欲しい。
この時代、麻酔もないんだよ!?
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「相模はね、今のとこ動きはないみたいだよ。問屋の方も探ってみたけど、戦に関するものの取引が増えてる様子も無かったし」
行商に使っている薬箱を下ろしながら、佐助が町の様子を報告している。
なるほど、と話を聞きながら、私はふと思いついた。そういえば前に安芸さんが、母上の咳がひどいって言っていた。
金髪先生、何かいい薬を知らないかな。
調薬したら佐助に届けて貰おう。そんな事を考えながら、ちょっと見ない間にまた大きくなった元・ちびすけを見ていると、佐助が「そうだ。これ、今回の売り上げ」とお金をじゃらじゃら取り出した。
情報収集だけじゃなく、行商もこなしているのか。
佐助、すっかりデキる間者っぽくなって……
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療養所では、白布で髪を纏めた女の人が何人もきびきびと働いている。
山菜が入った籠から生薬を選り分けて渡したおばあちゃんに、番頭役がクーポン券を渡している。
これは関所近くの足湯テーマパーク(仮)で使える ドリンクチケットだ。
足湯は夏になったら収入が減るだろうから、その期間は川辺の水でも使った涼しげなイベントを考えた方がいいかな。
屋台を並べて、冷やした瓜とか胡瓜を売るっていうのはどうだろう。お祭りっぽくて可愛いよね?
あ、素麺はどうですかね? 流しそうめんとか。
そんな事を考えながら診療室を覗くと、先生は薬の調合中だった。
金髪先生は手を止めないまま「こんにちハ、雪村サン」と挨拶してくれる。
そして大仰な仕草で、院内を振り返った。
「この通り、診療所は大盛況ですヨ? 雪村サンが事前に、漢方薬によく使う生薬を準備してくれていたおカゲで大助かりデス」
褒められはしたけれど、診療所が大盛況なのは良くない気がする。
でも漢方薬によく使う生薬を調べる為に勉強した訳だから、思い通りの結果が出て良かったよ。
それはともかく、先生の背後に不穏な絵面が見えて、私は思わず目を見張った。
診療室の奥の調薬室には、竹で作られた篭がいくつもある。
そして籠の中ではねずみが、びくんびくんとヤバい感じでひっくり返っている……
「先生、これは……?」
おそるおそる尋ねると、金髪先生は薄青の瞳でぱちんとウインクをして、にこにこ無邪気に言い放った。
「フフ、これは内緒なのですガ、雪村サンのための開発なのでス」
「……毒殺……?」
「あはは、違いマスよ? 麻沸散の分量を探っているのデス」
「麻沸散? この時代に、もうあるのですか?」
「?」
「あ、いえ」
麻沸散とは通仙散の別名で、現世では江戸時代に花岡青洲が調合した全身麻酔薬のことだ。ちょっと早いけど、こっちの世界では一体誰が開発したんだろう。
「麻沸散なら、三国時代に魏の華佗が調薬していまスよ? ただチョウセンアサガオの種子が手に入らないのデ、替わる生薬を探しているところデス」
「チョウセンアサガオ? それならあるよ?」
部屋で育てていたチョウセンアサガオは、とっくに種子になっている。
そんなに使い道がある生薬じゃなかったので、種を取ったまま増やしていない。
「オオ……雪村サン……ッ!」
金髪先生がきらきらした瞳で 手を組み合わせて私を見た。
……私は何故、みすみす自分の死亡フラグを立てにいっているんだろう。
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