第185話 偽装と恋愛イベント ~side S~

 雪と兵法を勉強し、試験前みたいな憂鬱な気分で、俺はしぶしぶ兼継を呼びつけた。


 あいつが越後の執政で偉かろうが関係ない。

 何故なら俺は桜姫。一番偉い越後の殿様、影勝の義妹だ。

 身分的には俺の勝ちだよ。


 それ即ち あいつを呼びつける事も可能。


 ってか呼びつけなきゃならないんだが、兼継が俺との対面を喜ぶ訳がない。

 目の前に座った兼継は腕を組んだまま、不機嫌さを微塵も隠そうとしていない。


「私に話があると聞いたが。どのようなご用件だろうか」


 やっと喋ったかと思えば、声がおもいっきり氷点下だぜこんちくしょう。何で俺はこんな事に……っ

 しかしこれも雪の為だ。そしてこいつにも協力させなければならない。


「ええ。兼継殿に折り入ってお話があるの。人払いをお願いできるかしら?」


 俺はそばに控えていた老女に目配せした。



 ***************                ***************


「人払いまでして何の用だ。私は忙しい。手短に願いたい」

「俺はお前を オトすことにした」


 前置きせずに、俺はとっとと本題に入った。

 即座に兼継の刀が一閃したが、それを予期していた俺は華麗にでんぐり返って回避する。

 ……いや、いきなり得物を使ってくるとは思わなかったがな!


「よし、説明しよう」

「説明など無用だ。前にお前は『桜姫が天に還る』未来があると言っていたな? 今、ここでその未来を具現化しよう」

「ちょ、待て! ここで殺ったらさすがに言い逃れできねーぞ!」

「……少し前からなのだが。毘沙門天が私の夢枕に立ち『桜姫を天に戻す』と喚いていた。影勝様のお耳には入れてあるが、こうも早く昇天めされるとは思わなかったな」

「くそ! お前、もう殺った後の手筈まで整えてやがるのか……!」


「いつまでも無策で放置する訳がなかろう。茶番はここまでで良い。何用だ」


 刀を振り回した事など無かったかのように、兼継があっさりと話を切り替える。

 俺も気を取り直し、ひとつ咳払いをしてから口を開いた。


「前に『未来は選択する事で決まる』って話したのは覚えているか?」

「当たり前だ。それがどうした」


 俺はちょっと目を逸らした。

 これから話すこと、兼継の顔を見ながら言うのはちょっと怖い。


「俺が知る未来では、どの『選択』をしても数年後、雪村が死ぬ。ただ、お前と俺が……何ていうか……ええと、添い遂げる、未来を選択すれば、助かる可能性がある」


 これが館正宗なら「そんなに姫は俺との未来を所望か!」とか言いながら笑い飛ばすんだろうが、兼継はそういうキャラじゃない。


「雪村が死ぬ」って言われたんだ。

 きっと雪が倒れまくってた頃みたいに、真っ青な顔をして――……


 突然 兼継の手が俺の頭をがしりと掴んだ。

 予想外の展開に驚いて顔を上げると、座った目つきの兼継が  ふ、 と嗤う。


「添い遂げた先に『天へと還る』未来があるのではなかったか? 何だ。やはりお前を天に還せば良いだけの話ではないか。勿体ぶる故、何事かと思ったぞ」


 そのままぎりぎりと頭を締め上げられ、俺は悲鳴を上げつつ話を続けた。こいつ、雪の危機となると前置きも出来やしねえ!


「いたいいたいいたたたたた! ちょ、最後まで話をきけよ! ただこれは雪村が『男』だった場合の未来だ! 女なら別の未来が開ける可能性がある! でもそりゃ確定じゃないからまだ雪には内緒だ、糠喜びさせたくない! だからお前は、雪を安心させる為にも一芝居うってくれって話だよ! 俺だってお前との未来なんてごめんだぎゃぁあああ!!」


 つり目になったんじゃないか、と思うような頭の締め付けが解かれ、俺はぜえぜえ肩で息をしながら端然と立つ兼継を見上げた。


 明王だか魔王だか解らんような空気を纏って、迫力満点の愛染明王様が俺を見下ろしている。


「……お前と添い遂げる芝居をするくらいなら、死んだ方がましだ」


 えっ!? そこまで!!?


「…………しかし、あの娘がそれを望むのであれば、致し方無かろう」


 解ってくれたようで何より……なのだが。死ぬほど苦い薬でも飲んだような顔つきの兼継を見ていると、この展開で一番傷ついているのは俺じゃないかなって気がしてくる。


 しかし。


「あの娘は、私が桜姫と添い遂げたとしても、気にも止めぬのだな……」


 ぽつりと呟く兼継の声には、むちゃくちゃ哀愁が漂っていて。

 こっちはこっちで大ダメージを受けている事に、俺はやっと気が付いた。


「雪村は、自分の命が懸かってんだから仕方ないよ」


 そう励ましかけた矢先。

 ことり

 障子の向こうから不意に物音が聞こえ、俺たちはびくりと顔を上げた。

 人払いしていたから、部屋の外に注意を払っていなかった。


「あの……」


 小さな声が聞こえ、それが雪村だと気づいた瞬間、俺は咄嗟に兼継に飛びついた。ぎょっとした顔の兼継の手が、再び俺の頭をわし掴む。

 こそりと障子を開いた雪村が、俺たちを見て慌てたように顔を逸らした。


「も、申し訳ありません。あの、老女からお茶を持って行くようにと言われまして……人払いをされていて、自分たちは持って行けないからと」


 開けた障子の間から押し込むように茶を置いて、雪村は逃げていった。

 縁側をとたとたと走る足音が 次第に遠ざかっていく。


「よし、これで雪村は俺たちが上手くやっていると誤解する筈だ。俺の機転に感謝しろよ?」


 ほっと安堵の息をつきながら顔を上げ、俺はぎょっとした。

 閉められた障子を凝視する兼継の顔色が、雪村がばったんばったん倒れていた頃みたいに真っ青だ。


 ……ここでその反応かよ。


 そうツッコむ間もなく兼継の手が再度、俺の頭をわし掴み、ぎっちぎちに締め上げ始めた。

 憎まれ口を叩いていた先刻より、本気の度合が格段に違う。

 やだ……これは……八つ当たり――……!!


「いやああ! おやめください兼継どのォおお! 壊れちゃううう!」

「誤解を招くような悲鳴を上げるな! 訂正しろ!!」


 人払いのせいで、俺渾身のエロゲ仕様の悲鳴は周囲に届かず、俺と兼継の攻防はしばらく続いた。

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