第186話 偽装と恋愛イベント その後


「雪村、姫様と兼継様はどんなご様子でした?」


 人払いをされて部屋に近付けない侍女衆が、心配そうに 御殿と奥御殿を繋ぐ通路付近に固まっている。

 ふたりの仲が芳しくないのを察して、心配しているんだろう……けど、『人払い』をされたら近づけないのは私も一緒だ。

 でも雪村なら許される、と思われているんだろうな。


 安心して貰おうと、私は笑顔で侍女衆を見渡した。


「ご心配には及びません。おふたりとも、とても仲睦まじくお過ごしでしたよ」


 その言葉に、ほっとした空気になったのも束の間、何だか微妙な雰囲気になる。

 あれ? それも信じられないくらいあのふたり、恋愛イベント失敗してたの?

 しかし、いくら安心させる為とは言え「抱き合ってました」とまでは言い辛い。


 ……いきなりそこまで仲良くなるとは、さすがに思わなかったな。

 それに。

 ちょっともやもやした気分で、私はさっき見た光景を思い出した。


 兼継殿が頭を撫でるのは、雪村だけだと思っていた。

 桜姫にもするんだ……?


 何となく気が塞ぐような、息苦しい気分になる。

 どうして嬉しくないんだろう。ちゃんと桜井くんは兼継ルートに進んでくれたのに。雪村死亡回避の為に協力してくれているのに。



「……また何かありましたら、お呼び下さい」


 気を取り直して侍女衆にそう伝え、私は自室に引っ込むことにした。



 ***************                ***************


「雪村さまぁ、何だか元気がないですよぉ?」


 根津子の声に、私ははっとして顔をあげた。ぼんやりしていて前後の会話を覚えていない。


「ごめん、何でもないよ。作業に集中しすぎたみたいだ。じゃあこれが見本でこっちが押し花。見本通りに作るように、手が空いている侍女たちに伝えて」


 笑って誤魔化して、私は手元の紙を根津子に差し出した。


 春の山菜シーズンがやってきて、やっと大阪で買った『生薬の種付き限定版』が役立つ時がきましたよ。

 根津子に渡したのは、この辺りで採れる生薬の押し花を紙に貼りつけ、説明書きを添えたものだ。

『生薬を採ってきて』って言われても、どれが何だか解らない人も多いしね。押し花付きのチラシを配っておけば、山菜を取りに山に入ったついでに、領民が探しやすいかなと思って。


 協力してくれた領民には、関所近くの休憩所で足湯を使える『施設利用券』を渡すつもり。

 集めた薬草の処方は、兄上が寄越してくれる予定のお医者様におまかせするけれど、せっかく漢方薬の勉強をしたんだから、使用頻度が高い生薬を事前に集めておく、くらいの事はやっておきたい。


 あとは今年から養蚕も始める予定だし、こっちは六郎と打ち合わせしなきゃ。

 春は何かと忙しいな。


 根津子が何かいいたそうだったけど、ちょうど小介が「逢引きの時間っすよー」と呼びに来たので、そのままになった。


「じゃあ根津子、城下視察に行ってくるよ」

「あっ、ちょっと待って下さいぃ。外はもう暖かいですよぉ、念のために塩水の用意をしますからぁ」


 根津子が慌てて、押し花を挟んだ紙束を搔き集め始める。


「えー? 喉が渇いたら雪村様、俺とお茶しましょーよ。イイ店知ってるンすよ!」

「イイお店はいいけどさ。小介はいつも支払いの段階になってから「財布忘れた」って言い出すじゃないか。もっと私の影武者だって自覚を持ってよ。城代なのに、小姓にタカるくらいお金に不自由してるみたいで、ちょっと恰好悪い」

「だ、だってお金ないんだもん! 女の子たちって支払いになったら『ちょっと厠に♥』っていなくなるの、何で?? 男ばっかり払うの、ズルイズルイ!!」

「割り勘にしなよ」

「「俺もちょっと厠に♥」って言えばいいだけじゃないですかぁ? ソレ」

「俺がそれ言ったら「逃げる気か!」って怒られるもん!!」


 小介が頭を抱えて身悶えて、私と根津子はあははと笑った。

 きっとふたりは、私の様子を気にして燥いでくれているんだと思う。


 ちゃんと元気ださなきゃ。


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