第175話 奥州の殿様と越後の執政2
「館殿。領内に雨量の割に氾濫の多い川や、水難事故の多い池沼などはおありか?」
さっきまでの喧嘩腰はいったん保留らしく、いつも通りの兼継殿が淡々と正宗に聞いている。
「あるにはあるが……何故だ?」
「日ノ本には八百万の神が居る。池や川には、すでに水神が棲みついている可能性が高い。黒龍を祀るならその神に、場所を譲って貰わねばならぬのだが。それならば氾濫が多い、または水難事故が多い悪神が棲む場所を空けて貰った方が、面倒がなくて良い」
言っている事がもう人外で、これは私が『祀り方』を聞いてきたとしても、上手く祀れた気がしない。
兼継殿に一緒に来て貰って良かったかも。
そう思いながら私は兼継殿と、考え込んでいる正宗を交互に見た。
「水の事故が多い池がある。もう何人も尻子玉を抜かれている。そこが良いかもな」
「河童か」
ぽつりと呟いた正宗に、兼継殿が淡々と応じる。
河童に場所移動をお願いするのはいいんだけど、そんな感じで場所を決められて、独眼竜……ええともしくは黒龍はそれでいいのかな。何人も溺れ死んでる池ってことだよね? そう思いながら私は二人の後についていった。
*************** ***************
正宗に案内された池は、人が何人も死んでいるとは思えない風光明媚な場所だった。波打ち際もおだやかで、水も綺麗に澄んでいる。
越後にある黒龍が祀られていた池は、洞窟の中に光が差し込んでいる神秘的な場所だったけど、こっちは春になったら水辺でピクニックでも出来そうな明るい雰囲気だ。
「こちらの主にお会いしたいのだが」
水辺に近付いた兼継殿が、石の上に乗っていた蛙に話しかけている。
……蛙……かえるに!? 私と正宗は思わず顔を見合わせた。
『お前は蛙と話せるか?』
口の動きだけで正宗がそう言って来て、私はふるふると首を横に振る。
霊力が高いとそんな事が出来るんだろうか。それとも愛染明王パワー?
実際、蛙は言葉が通じたかのように、ぽちゃんと池に戻っていく。
しばらく待っていると、頭に蓮の花をつけたつぶらな瞳の河童が、水からぽこんと顔を出した。
「アタシを呼んだのはあんたカッパ?」
語尾が『カッパ』だ、ベタすぎる!
それ以前に人語を喋る怨霊(か水神)がいるって事に私は驚いた。だってほむらも独眼竜も、人語を喋らないよ!?
私の驚きを余所に、兼継殿も正宗も淡々としている。
淡々とした表情のまま、兼継殿が口を開いた。
「ここの主で間違いはないか?」
「そうカッパ」
「単刀直入に言う。この池での悪事をやめて頂きたい。大人しくこの池から去るなら良し、でなくば力ずくでとなるが如何する?」
「それは困るカッパ。尻子玉は竜神への税金。それを納めなければアタシが竜神に怒られるカッパ」
「……だそうだ。ちょうど良いな、館殿。この池に神龍を祀れば、主が神龍に貢物をしてくるぞ」
「かっぱ!?」
「独眼竜は尻子玉などいらんぞ。貢がんで良い」
「……だそうだ。尻子玉を何処の竜神に納めているかは知らぬが、これからは免税だ。この池に神龍を祀る。共にこの地を守護するか、もしくは去るかを選んで頂きたい」
淡々と話を進めているけど、だんだん河童が取り乱してきた。『竜神への税金』は嘘なんだろう。
「そうはいかないカッパ! こうなったらこっちも力ずくだカッパ!」
可愛い外見の見た目に反して、結構な迫力の水柱が水面にそそり立ち、それが頭上でぐるりとうねった。
そこまでとは思っていなかったのか、正宗が目を見開いて腰の太刀に手を掛ける。
「降参するなら今のうちカッ」
「ならば死ね」
河童の台詞に被せ気味にそう言うと、兼継殿の刀が一閃した。
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