第176話 奥州の殿様と越後の執政3

 

 かっぱぁぁぁ……


 悲鳴と共に水柱が崩れ、大量の水が瀑布のように流れ落ちて池へと戻る。

 兼継殿の容赦の無さと崩れた水柱の勢いにビビリ、私と正宗は思わず手を握り合い、顔を見合わせた。



 ***************                ***************


 静けさの戻った水面に、蓮の花が一輪 ぷかりと浮かぶ。河童を庇う暇も無い。

 水滴を払って刀を鞘に収め、兼継殿は絶句している私と正宗を振り返った。


「舘殿、祠には御神体となる水晶を納め、人目に触れさせるな。あとは神を祀る通常の手筈で良い」


 淡々と説明すると、まだ手を握り合っていた私を正宗から引き離し、そのまますたすたと歩き出した。


「ではお疲れ様でした。正宗殿」


 引き摺られるみたいに連れて行かれながら、お暇の挨拶をする。

 正宗が何かいいたそうに口を開きかけたけれど、結局何も言わずに軽く手を上げた。


 結構あとになってから「そういえば北側の怨霊退治をしていない」って事に気づいたけれど。引き止められなかったって事は、自力でどうにかするって事だろう。



 ***************                ***************


「兼継殿、ありがとうございました。あれでは私が『龍の祀り方』を教えて頂いたところで無理でした」


 すたすた先を歩く兼継殿を追いながら、私はお礼を言った。

 ほむらを祀った浅間山には『先住の神様』が居なかったから揉めなかった。本当はこんなに大変なんだって知らなかったよ。

 それに兼継殿は正宗が嫌いなのに、すごく親身に尽力してくれたしね。そこもお礼いっとかなきゃ。


「兼継殿は優しいですね」


 お礼も兼ねてそう言ったら、兼継殿が急に足を止めて振り返った。

 釣られて私も足を止める。


「お前、河童の対応には随分と引いていたではないか。世辞も度を過ぎると嫌味だな」


 ちょっと苦笑気味にそう返してきたので、私は慌てて「正宗殿のことです。影勝様の龍を奪った因縁もありますし、こんなに親身に対応していただけるとは思っていませんでした」と言い訳する。


「館か」


 しばらく黙っていた兼継殿が、ふと気が付いたみたいな顔をして私を見た。


「お前は随分と、館と親しいのだな」

「は? どこがですか?」

「どこがという訳ではないのだが。あのような遣り取りは、私との間には無いものだから」


 そりゃあんなギスギスした遣り取り、兼継殿とした事なんてないよ。

 あれ? もしかして……


「兼継殿は私のこと、『真木殿』って呼びたいのですか?」

「いや、そういう話ではないのだ」


 こめかみを押さえて苦笑している兼継殿に、私も首を傾げる。

『真木殿』だと雪村か兄上かが判らないから? うーん……


 でもこちらとしてもそういう話じゃない。私は兼継殿の顔を覗き込んだ。


「私は兼継殿に『真木殿』って、他人行儀に呼ばれるのは嫌ですよ?」


 呼ばれ慣れてないし。

 それに何だか改まって苗字呼びされると、すっごい怒らせて説教される前兆みたいな緊張感がある、気がする。

 そんなネガティブな心境で言ったら、兼継殿がちょっと驚いた表情をした後で、少しだけ悪い顔になった。


「ほう、他人行儀は嫌か。ならばもう少し踏み込んでも良いという事だな?」

「? いえ、現状」維持で


 兼継殿を見上げたまま言いかけたら、いつの間にか顔が近い。

 ええ!? 踏み込むって物理的に?? 私は慌てて仰け反った。

 すっ転ぶと思ったのか、兼継殿の手が私の背中を支えてくれたけれど、その体勢にますます慌ててしまう。


「あ、あのちょっと、兼継殿」


 慌てた私が面白かったらしく声を出して笑いながら、兼継殿が身体を離して ぽんと私の頭に手を置いた。


「だが付き合いの長い私が、館と同じ呼び方というのも面白くないな。……では今後、二人きりの時は お前の事を『雪』と呼びたい。それで良いか?」

「はい、それはかまいませんが……」


 現世では親や友人にも『雪』って呼ばれていたから、それは別にいいんだけれど。何だか雪村じゃなく『自分』が呼ばれているみたいだな。

 何て言ったかな、乙女ゲームで自分の名前を呼んでくれるシステム……ふおお……兼継の声優が私の名を……


 うっかり馬鹿なことを考えたせいで、顔が熱くなってきた。顔を逸らしたいけど、頭に手を置かれているせいで動かせない。


 よし、もしも何か言われたら夕陽のせいにしよう。だいたいそんな事で照れる方がおかしいんだから。


 平常心平常心……

 念仏みたいに心の中で唱えていたら、兼継殿がぽつりと何か呟いた。

 聞きそびれて「何ですか?」って聞き返したけど、兼継殿は静かに笑ったまま何も言わない。


 何て言ったんだろう。


 結局、何て言ったのかは教えてくれないまま、兼継殿は私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

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