第174話 奥州の殿様と越後の執政1

「……何故、貴様がここに居る」

「ご挨拶ですな館殿。強引に龍を奪っておきながら『祀り方』も知らぬ哀れな領主殿の為に、わざわざ越後から出向いたというのに」


 兼継殿が朗々とした声で、にこやかに正宗に話しかけた。

 笑顔だけど、喧嘩腰なのを隠す気配が全く無い。これが猫のけんかなら、正宗猫が早くも劣勢で、腰が引けている。

 正宗がぐいと 私の袖を引いて引っ張り寄せた。


「おい童。『祀り方』を聞いて来いとは言ったが、本人を連れて来いとは言ってないぞ」

「館殿。貴殿は『龍神を祀る』という意味を簡単に考えてはいまいか? そのような者に龍を任せる事など出来ぬ。越後にある黒龍の祠はそのままにしてある。いつでも受け入れられるが?」

「ふざけるな! 独眼竜は渡さん!!」

「盗人が所有権を主張するなど笑止千万。影勝様の寛大な御心が無ければ、貴殿などとっくに墓の下だ」


 朗々と演説みたいに話す声は明るいけれど、今はもう取り繕う気も無いのか、顔はぜんっぜん笑っていないし、台詞は辛辣極まりない。


 昨日、土下座する勢いで『祀り方』を聞いた私に、兼継殿は「何の知識も無い者が、簡単にどうこう出来る案件ではない。仕方がないな、影勝様の龍の為だ」と言って、同道してくれたんだけど。


 ……不味い。兼継殿が容赦なくなってきたぞ。


 私はヒートアップしてきた二人を無視して、話に割り込んだ。


「兼継殿、私は喧嘩をする為にお連れしたのではありません。そろそろ参りましょう」

「お前、よくこの雰囲気で話を進められるな!?」


 正宗が食って掛かってきたけれど、この雰囲気だからだよ。

 気のせいか涙目に見える正宗の背を押して、私は案内を促した。



 ***************                ***************


「……おい。直枝は普段からああなのか。とんでもない性悪ではないか」


 私の左腕を掴んで引き寄せ、正宗が耳元で囁いた。

 本人は内緒話のつもりなんだろうけど、普段怒鳴ってばかりだから、ひそひそ声も結構大きい。


「そんな事はありませんよ」


 苦笑して返した私の右腕が、今度は兼継殿に掴まれて、正宗から引っ剥がされる。


「館殿。そちらから教えを乞うておいて、悪し様な陰口とは聞き捨てなりませんな。雪村、元・世話役として忠告するが、付き合う者はよく選べ」

「そうですよ、館殿。此度はこちらが教えてもらう立場なのですから、多少は我慢しないと」

「多少!? 多少なのかこれで!??」


 正宗は仰天しているけど、影勝様の龍を奪ったんだから嫌われてて当然なんだよ。本当に墓の下に行ってないだけ有難く思わないと。


 兼継殿の傍若無人な振舞いを、私が一緒に非難しなかったのが面白くないらしく、正宗はむすりとしている。

 私の腕を掴んだまま、兼継殿がふと周囲を見回した。


「雪村、この辺りは瘴気が濃いが『歪』があったか?」

「はい。もう塞がっているのに判るのですか? 兼継殿」


 ここらは「上森と領地が隣接しているから、怨霊を障壁にしている」と言っていた辺りだ。怨霊が放置されていた期間は一番長いだろう。

 でもそんな事がバレたら、兼継殿は絶対に大激怒だよ。『龍の祀り方』どころじゃなくなる。


 私は黙って兼継殿を見上げて、続く言葉を待った。


「瘴気を浄化せねば、ここの『歪』は再び開くだろう。一度、僧侶か陰陽師に土地の浄化をさせた方が良い」

「……だそうですよ。館殿」


 自分の領地の事だ。耳をダンボにして聞いているであろう正宗を振り返ると、正宗がむすりとしたまま返事をした。


「……『正宗』」

「? はい。舘 正宗殿ですよね。存じ上げておりますよ」

「そうではない! 俺の事は『舘殿』ではなく『正宗』と呼べと言っている!」

「はあ、そうですか。では正宗殿」

「何だ雪村」

「正宗殿。私の事はもっと他人行儀に『真木殿』とお呼び下さい」

「おい! この流れでそれはおかしいだろう!!」


 おかしいのはそっちだよ。『童』からいきなり名前呼び捨てなんて、一足飛び過ぎる。

 本当は「ちゃんと聞いていましたか? 土地を浄化した方が良いそうですよ」と念押ししておきたいんだけど、正宗が脱線してどうにもならない。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る