第169話 毒草講授

 本日も兼継殿のお邸にお邪魔している。


 何だか昨日のアレは、私の肩こりを侍女衆にも心配させたって事みたい。

 兼継殿にも気を使わせたみたいで、今日お邪魔したら『生薬の説明をまとめた覚書』を用意してくれていた。


 昨日の私は要領悪くて、授業で言うなら『黒板の内容を全部書き写している』って感じだっただけど、今日貰った兼継殿の覚書を見ると『解りやすくまとめたノート』って感じだ。


 ……うん。何か、成績がイイ人ってこんな感じだよね……

 そんな訳で本日の私は、ヒイヒイいいながら筆を走らせる事も無く、兼継殿の説明を聞きながら覚書の内容を覚えるだけです。



 ***************                ***************


「雪村『附子』は解るか?」

「ええと、はい。『鳥兜』の生薬名ですよね?」


 鳥兜は毒矢に使う。それが薬にもなるって面白いけど、やっぱり取り扱いには注意が必要みたい。教わった内容を思い出しながら、私は口を開いた。


「冷えの改善や鎮痛、新陳代謝の機能亢進……でしたっけ? 配合されている漢方薬は八味地黄丸と、ええと」

「いや、そこまでお前が暗記する必要は無い。餅は餅屋と言うだろう、その辺は医者に任せろ」


 なら何故 聞いた。

 とは言えず、私は兼継殿を見上げて次の言葉を待った。何だか兼継殿に聞かれると、先生に指名された時みたいな緊張感がある。


 兼継殿はちょっと迷ったように目線を彷徨わせた後で、少しだけ声を潜めた。


「『鳥兜』は毒だ。だが処理の仕方次第では『附子』という薬になる。簡単に説明すると、土を取り除き、塊根を乾燥しただけだと『毒』。それを塩水に浸けて加熱処理、もしくは石灰を塗布する等すれば減毒になり『薬』になる。素人がやる事ではないがな」

「はい」

「ただ『毒』は鳥兜だけとは限らん。そして『毒』が皆『薬』になるとも限らない。野山に咲いている花や茸にも『毒』を持つものはたくさんある」


 そうですね。秋に桜姫が取って来た茸に毒キノコが混じっていて、取次の人がお腹を壊して大目玉くらったって聞いたよ。

 でもそれがどうしたんだろう?


 不思議そうにしているのに気付いたんだろう。兼継殿がちょっとだけ苦笑する。


「お前はまだこの世界に不慣れであろうから、生薬には関係ないが教えておく。暗殺には毒を使う場合がある。ただその為に『毒見役』が居る故、そう易々とは事を成せない」

「はい」

「『鈴蘭』という花がある。白く可憐な外見からは想像出来ぬが、花にも葉にも毒がある。活けてあった水を飲んで死ぬ事があるくらいの猛毒だ」


「それほどに」


 鈴蘭は知っていたけど、まさかそこまでの猛毒を持っているとは知らなかった。

 呟いて兼継殿を見ると、兼継殿も微かに頷く。

 そして「これは他言無用に願いたいが」と、表情を改めて私を見据えた。


「『鈴蘭』に似た植物で『黒鈴蘭』という花が、北方の限られた山中に自生している。これには鈴蘭の毒を中和する作用がある。……『幻の花」とも呼ばれている故、そうそう見つかるものではないが『鈴蘭の毒』と『黒鈴蘭の解毒』は、越後の忍びが任務の際に使う」


『黒鈴蘭』は現世では聞いた事がない。『夏桜』と一緒で、こっちの世界オリジナルの植物なんだろう。

 でも何でそんな事を教えてくれるんだろう? 越後の忍びが使っている秘薬なら、他家の雪村が知っていい案件じゃない。


「何故、そのような話を私に」


 きっと困惑した顔をしてたんだと思う。

 兼継殿も「お前にだから言った」と、“信頼を裏切るなよ”を直球ストレートで伝えながら、強い目線で見返してきた。


「御館の乱の折に越後の忍びが数人、相模方に通じていた。処分はしたが『黒鈴蘭』の件が漏れているかも知れぬ。極々少量の鈴蘭の毒を盛って相手の自由を奪い、後に黒鈴蘭で解毒する。越後では拐かす目的の為に使われる毒だ。……くれぐれも気を付けてくれ」


 ますます、何で私に教えてくれてるのか判らないんだけど、兼継殿がすごく真剣な顔をしているから、私は大人しく「はい」と頷いた。



 ***************                ***************


 ちょっと空気が重くなったのを気にしたのか、兼継殿が雰囲気を変えるように膝を打った。


「少し休憩にしよう。縁側に出るか」

「はい」


 返事をしながら、私はほっとしていた。

 よかった。正体がバレても兼継殿は、今まで通りに接してくれる。


 それなら私はこれからも、ちゃんと『雪村』を演じきろう、本物が戻るまで。


 私は努めて明るく笑いかけた。


「そうだ! お土産に干し柿を持ってきたんです。お茶請けにどうかと思って」

「そうか。今回は私への土産もあるようで何よりだ」


 澄ました顔で、兼継殿がつんと顔を逸らす。

 あ、前に相模に行った時、兼継殿にお煎餅を買い忘れたのを根に持ってる!


 照れ笑いで誤魔化しながら、私はみっつ持ってきた干し柿のうち、ふたつを兼継殿にあげる事にした。


 これで機嫌を直して下さい。

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