第170話 雪村返信 ~side A~


 ―― 安芸へ お元気ですか ――


 越後の老女から文が届き、私はどきどきしながら文を開きました。伝えられる事が限られていましたが、こちらの思惑には気づいてくれたでしょうか。


 文には、簪の返却が遅れた事は気にしないように、といった返事に加えて、母への気遣いと最後にちょっぴり兼継殿への愚痴が認められています。

 そして最後は「悪口を書いた事がバレては困るので、文は炙って捨てて下さい」と締められていました。


 老女にしては 砕けた内容の文。


 でもそれは当たり前です、筆跡が老女のものではありませんもの。

 これは老女を装った雪村からの文。

 ならば私の思惑はあちらに伝わったのでしょう。




 さて。

 私は文を前に、暫く考え込みました。


 私が百日草の花簪に意味を込めたように、おそらくこの文にも何かしらの意味が隠されている気がします。

 あちらも、文の内容が筒抜けになるのを見越して書いている筈ですから。


 紙を透かし見たり香りを嗅いだり。私はおよそ他人には見せられないような事をしながら、その文が本当に伝えようとする内容を探ろうと必死で格闘しました。



 ***************                ***************


 数日後、私は花姫のお許しを得て里下がりをしました。

 別に特別な事ではありません。そろそろ母の薬が無くなる頃合いで、定期的に薬を調達しなければならないのです。


 ただ今回は城を出たあたりから、付けられている気配を感じてはいました。



 いつもの漢方を購入しようと店に寄りましたら、あいにく店はお休みでした。

 途方に暮れて店を見上げていると『富山の薬売り』と書かれた薬箱を担いだ男の子が「お姉さん、薬が必要?」と声を掛けてきました。


 にこにこと愛想の良い子で、薬の売り込み方も達者です。

 連れ立って歩きながら、私は男の子に尋ねました。


「母が夜になると咳が酷いのだけれど。何か良い薬は無いかしら?」

「漢方薬はその人の身体に合わせた処方が大切だよ。ちょっと本人から話を聞きたいなぁ」


 そんな話をしながらその子は家に寄って、薬箱を置いていきました。



「薬は使った分だけの支払でいいから。安心料だと思って置いておきなよ」


 また寄らせてもらうね、と言ってその子は帰っていきました。

 しばらく経ってから、そっと外を覗くと、お城で見た事がある武者が木陰に隠れて、こちらを監視しているのが見えます。


 やはり首藤殿の手の者が、私を尾行していたようです。


 幸い、あの子はただの薬売りと思われたようでほっとしました。

 雪村の手の者と、気付かれなくて良かった。



 ***************                ***************


『何かあった場合、報せは薬売りに扮した手の者に託して下さい』


 薬の箱には、そのように書かれた雪村からの文が入っていました。

 

 これからはこの薬箱が伝達手段です。

 この中に文を入れておけば、母の様子を見に来た薬売りの男の子が、それを届けてくれるでしょう。


 

「文は炙って捨てて下さい」

 

老女を装ったあの文で、雪村が本当に言いたいのはここでした。


『燃やして』ではなく『炙って』。この文で違和感を覚えたのはここです。

 その通りに文を蝋燭の火で炙ってみると、『私の手の者が、薬売りに扮して伺います』と、紙から文字が浮き出てきました。


『炙り出し』という手法です。

 一見解りませんが、果実の汁で書かれた文字は、火で炙らないと浮き出てこないのです。

 子供騙しのような策ではありますが、取次や首藤が文を検めたとしても、越後で力のある老女からの文を、まさか火で炙ったりはしないでしょう。


 それにしても。私は少しおかしくなりました。


 いくら策とはいえ、兼継様の悪口を言うなんて。

 それに『心配性過ぎて困る』なんて惚気にしか聞こえません。そもそも兼継様が、ご老女をそんなに心配する訳がないじゃないの。


 これを知ったら兼継様、どんな顔をなさるのかしら。


 笑いを堪えながら私は、今度は本当にその文を燃す為に蝋燭の火に翳しました。

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