第113話 そうだ。お迎えに行こう

 鯉の尊い犠牲により生まれた温泉の整備で、あっという間に時間は過ぎ、そろそろ桜姫を迎えに行く時期になった。

 それを考えると憂鬱になってしまう。桜井くんに会えるのは嬉しいけれど、越後に行くとなると……


 鯉の件を影勝様に、どう伝えて謝るべきですか……?


 兼継殿に意見を聞きたいんだけど、まだ上方から戻っていないらしい。

 どうすべきか決めかねたまま、私は越後へと向かった。



 ***************                ***************


「雪村待っていたわ! 久し振り!」


 相変わらず元気な桜姫に癒されつつ、私は鯉の件 今回保留することにした。

 先刻、御殿に挨拶に行った時に、子供の頃の雪村に槍を教えてくれた 泉水殿という方にばったりお会いしたんだけど。


「あまり良くないお話を、影勝様にお伝えしなければならないのですが……泉水殿、影勝様に上手く取り成して貰えませんか?」

 と、お願いしたら「無理無理無理っ!」と全力拒否されてしまったからだ。


「そういう時こそ兼継に頼めよ。お前、ナニを言うつもりか知らんけど、殿は怒っても怒ってなくても怖いんだぞ! 怒らせたらますますだ!」

「え? 無口な方だとは思いますが、怖いとは思った事がありませんでした」

「そりゃお前には甘いさ。子供だからな」

 そう言った泉水殿がついでみたいに「兼継、今は居ないけどさ」と言い足す。


「上方に行っていると聞きましたが、どの様なご用件ですか? 随分とお戻りが遅い気がします」


 桜井くんの文から察するに、もうひと月くらいは戻ってないんじゃないかな。

 あの社畜がこんなに影勝様の側を離れるなんて、一体何があったんだろう。


 けれど、泉水殿はきょとんとして「そうか? 越後から上方までは遠いからな。 私事での上洛で面倒事が無いとしても、これくらいはかかるぞ」と苦笑した。


 私事……プライベート案件なのか。上方なら美成殿のとこに遊びに行ったのかな。


 私が長距離移動をする時は、ほむらで『歪』を使ってのショートカット移動だからか『この時代は移動に時間がかかる』って感覚が抜けてるな。

 そういえば兼継殿って愛染明王設定なのに、全然チート技を使わないよね。移動も普通に馬を使ってるのか。


 結局私は、泉水殿のアドバイスに従って、兼継殿の戻りを待つことにした。


 せめて「いい知らせと悪い知らせ、どちらから聞きたい?」って状況を作るためにも「いい知らせ」も用意しなきゃだよ。



「上方の観楓会には、桜姫も同行させるように」

 影勝様から念押しされて、私と桜姫はほむらに跨った。


「姫様! 越後の冬は長うございます。必ず……必ずッ! 雪が積もる前にお戻り下さいませ!」


 悲壮な表情の侍女衆が総出で 姫との別れを惜しんでいて、何だか私は桜井くんが羨ましくなった。


 桜井くんは楽しそうでいいなぁ。私も桜姫に転生したかったよ。雪村生活は乙女ゲームっていうより領地運営シミュレーション+戦国アクション(怨霊もいるよ!)だもんなぁ。そして時間がたつにつれ、だんだん難易度が高くなっている気がする。


「雪が降る前に、必ず送り届けますから」


 そう侍女衆に約束して、私達は越後を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る