カオス戦国 ～気付いたら18禁乙女ゲームの世界に転生してました・でも私、攻略される武将側なんですけど！？～

第112話 虎と鯉と温泉と

「六郎をここに置いて下さい。なんかこの前は酔っ払っていたんだそうです」

「主君に狼藉を働く酒乱の家臣など、若気の至りよりももっと質が悪いですぞ」

「呑ませてないよ。何ころっと騙されてんの」

　小介に頼まれた件を承諾したら、私は矢木沢と兄上からこてんぱんに説教をくらう羽目になった。

　おまけに予定を繰り上げて、六郎は兄上の所に回収されていった。思ってたより　矢木沢と兄上は怒ってるみたいだな……

　小介とのミッションに失敗した私は、何となく小介とも顔を合わせづらくなって、一人で西の池に来ていた。

　最初は濁っていた水も今は綺麗に澄んでいて、まだちょっと場に馴染んでない河原の石が、池の縁を囲むように置かれている。もう少し時間がたてば、苔や水草も生えて いい感じに池っぽくなるんだろうけど、その前に冬が来ちゃうかな。

　私は滑らないように気を付けながら、平べったい大石に足を乗せた。

　そっと池を覗き込むと、気配を察したハトこが浮上してきて、口をぱくぱくしながら餌を強請ってくる。

　鯉は何でも食べるから、池にタニシや小魚が住み着けばそれが餌になる。でも今はまだハトこしか居ないから、餌になるようなものは何もいない。

　私は持ってきた麩を千切って　池に投げ込んだ。

　びちびち跳ねている鯉は、全然悩みなんてなさそうに見える。

　私はぼんやりと、池の中をくるくる泳ぐハートマークを眺めて溜め息をついた。

　六郎の件は、雪村が居てくれたらこんな事にはならなかったんだろうな。あんな風にいちゃもんをつけられたら、雪村ならどう返すんだろう。

　いや、雪村ならびしっと言い返せるだろうし、そもそもナメられないよね。

　うう、乙女ゲームの世界のはずなのに、ぜんっぜん甘くない。

　何でこんな会社での対人ストレスみたいな事態に陥ってるんだ。

　ふわりと空気が揺らぎ、傍らにほむらが現れた。

　あれ？　私、無意識に呼んじゃった？　そう思って手を伸ばすと、身を摺り寄せてきたほむらが私のほっぺたをぺろりと舐める。

　あんまりぐるぐる悩んでたから、心配してくれたみたいだ。

「ありがと、ほむら。心配かけちゃったんだね」

　そう言って首に抱き着いて、ぐりぐりと毛皮に顔を埋める。

　毛は柔らかくないけど、ほむらの身を纏う炎がほわほわと頬を撫でてくすぐったい。これは武隈と真木にだけ許された特権だ。

　他の人がこんな事をしたら大火傷だからね。

　やがてほむらが身を離し、池の周囲を歩き出した。池の中を覗いたり、周囲の土の匂いを嗅いだりしている。

　火属性の炎虎は、相克になる水を嫌うのにどうしたんだろう。

「どうしたの　ほむら？」

　声をかけたら、ちょっとだけ顔を上げたほむらは池のそばにぺたりと伏せて、そのまま動かなくなった。

　***************　　　　　　　　　　　　　　　　***************

「雪村様！　雪村様ァ！！」

　まだ陽も明けきらない翌朝、破鐘（われがね）みたいな声に叩き起こされて、私は眠気を堪えて障子を開けた。

　庭先に森月の配下が控えていて「雪村様、湯が出ました！」と興奮気味にがなり立てる。

「こんな朝っぱらから作業してたの！？」

　びっくりしてそう聞いたら、たまたま西の林に山菜取りに出た侍女が 熱湯が湧き出ている事に気付いたらしい。

　慌てて西の林に行くと、もうもうと湯気がたちのぼる沸き立った源泉の前には森月とその配下、そしてほむらが居た。

　私に気付いた森月が「この辺りに熱溜まりは無かったはずなんですが……」と戸惑い気味に源泉を指し示す。

　熱溜まりが無かったとしても、どうみてもこれはお湯だ。温泉だ。

　傍らのほむらに目をやると、ちょっと得意げに見える金色の瞳が細められ、猫みたいに私に頭を摺り寄せてきた。

　ほむら……昨日はなかなか戻ろうとしないから「飽きたら帰っておいで」って置いてっちゃったけど、一晩中ここに居たんだろうか。

　ほむらが熱溜まりを見つけられるのは知ってたけど。もしかして……

「ほむら、熱溜まりを引き寄せられたり、する……？」

　がおんと鳴いてほっぺたを舐めてくる霊獣を、私はぎゅっと抱きしめた。

「すごいよほむら！　そんな事も出来るんだ？　すごいすごい！　ありがとう！」

　望んでいる事を叶えてくれた事より、心配して気遣ってくれたって事が嬉しいし、何より雪村じゃなくても……私でも主と認めてくれるのがすごく嬉しい。

　大きい猫を可愛がるみたいに、ほむらをわちゃわちゃ撫でていると、森月がすっと私の背後で膝をついた。

「雪村様、大変申し上げにくいのですが……」

「？」

　ほむらの頭を撫でてから身を離し、私は森月に向き直る。

　森月は一度源泉に目を向けてから口を開いた。

「この源泉は温度も申し分なし。近場に水源もありますし、すぐにでも温泉は作れるでしょう。ただ……」

「ただ？」

「この源泉、先だって我々が作った池が茹ったものにございます。雪村様が移された鯉はおそらく……」

　その先は聞くまでもない。ハトこは……ハトこは……！

　内心絶叫モンだけど、ほむらが悪い訳じゃない。教えてなかったんだから。

　だからと言って誰が悪い訳でもない。

「……石工に頼んで、鯉には立派な碑を作りましょう」

「そうだね……」

　私達は、ハトこの冥福と龍への昇格を祈って黙祷した。

　後日、領民の慰安と湯治、それに療養のために開放されるそこは「鯉の湯」と呼ばれることになる。