第99話 領地運営模索中1

 短い棒を両手に持った根津子が、柔軟体操をしながら口を開く。

「古流柔術はぁ、甲冑をつけた相手を抑え込んだり投げたりするんですけど。雪村さまは型の基礎は出来てても非力ですからねぇ。甲冑つけた男を投げるなんて無理! だと思います。それより雪村さまは、普段から男に抑え込まれないように注意した方がいいですよぉ?」


 根津子のセクハラ発言も聞き流せるようになってきたな。私はこくんと頷く。


「わかったよ。でも今は非力だからこそ、覚えておきたいんだ」

「わかりましたぁ」

 

 にっこり笑って、左手に持った棒を私に渡してきた。

 根津子はほっこりした外見に似合わず柔術に長けているから、この世界の女の人ってどこで武術を習うんだろうと聞いてみたら、六郎から柔術の基礎を教わったそうだ。


「いじめっこなんか、ぎっちょんぎっちょんにしてやれって。六郎が」


 根津子はうふふと笑っているけど、笑って聞ける内容じゃない。

 六郎って私にはえらく厳しいけ 友達思いだよね。


「六郎が友達で良かったね」

「雪村さまはまだ解ってないんですねぇ。六郎は面倒くさいですよぉ」


 六郎を褒めた私に、根津子は友達っぽくない事を言って口を尖らせた。

 ……うん、それは私もうっすら解りかけてきてるよ。この前、兄上のとこにいきなり行って、一晩中一方的に愚痴って帰ったって、兄上から愚痴の文がきたもん。


「でもそうやって、遠慮なく言い合える関係っていいじゃないか」


 口にしてから、そういえば私自身が、六郎に遠慮なく言われまくって閉口していたんだっけ、と思い返す。

 しょっぱい顔になった私を見て大笑いした根津子が「じゃあ始めましょー!」と元気に向き直った。


「まずは小具足こぐそくをお教えします! 脇差を使いますから、六郎や小介に使うと死にますよぉ?」


 根津子は、にっこり笑顔とほっこりな言い方とは無縁の、物騒な台詞を言った。



 ***************                *************** 


「雪、すっげー疲れてるだろ? 悲鳴がここまで聞こえたよ」


 お饅頭をひとつくれながら、桜井くんが苦笑する。

「今、根津子に古流柔術を教わってるんだけどね」

 ありがたくお饅頭をいただきながら、私も苦笑いした。


 真木家の人たちは、私が桜姫の部屋に行ったら、人払いをしなくても二人きりにしてくれる。兼継殿も『雪村は桜姫の事が好き』だって誤解してるけれど、ここの家臣たちもそう思ってるっぽいな。


 今はそれで助かっているけど。


「古流柔術? 柔道みたいなもん?」

 お茶に手を伸ばしながら桜井くんが聞き返してきて、私はちょっと首を傾げた。

「うーん、少し違うと思う。ほら、今の時代って戦があるでしょ? 刀も槍も折れたら素手で何とかしなきゃならないからその術。大立ち回りの出来ない室内で刃傷沙汰になった時に、脇差や素手で凌ぐ技って感じ、かな? 根津子は六郎に教えて貰ったらしいけど、どこかの流派を習った訳じゃなく自己流っぽいよ」と解る範囲で説明する。


 今日は脇差を使って敵を凌ぐ「小具足」って技を教えて貰うはずだったのに、いつの間にか『寝技の外し方講座』になっていて。


「ほらあ! 抑え込まれたら早く外さないとこんな事に!」

「ぎゃああああ!!」


 寝技ついでに思いっきり胸を揉まれ、くすぐったいやら根津子の体重で重いやら技が決まり過ぎてて全然外せないやらで、何だかものすごく疲れた……


 ここ、18禁乙女ゲームの世界ではあるけれど。

 攻略対象の武将達よりモブの、それも女の子の根津子が一番のセクハラキャラってどういうことだ……


 そういえば一番イイ雰囲気の恋愛イベント起こしてきたのも、モブの安芸さんだったっけ。雪村の恋愛イベントなんて、いつも事故みたいな感じで発生するのに。


 この世界、モブが頑張りすぎる。



 げっそりしている私を励ますように、桜井くんが苦笑しながら提案してくれた。


「根津子、強いからなー。ああ俺、空手なら少し教えられるよ? 中学で辞めたからそんなに強くないけどさ」


 抑え込まれたりしない分、柔術より空手の方が何とかなりそうかな? こうして見ると周りの人たちは、みんな役に立つスキルを持ってるのに、私だけ全然だよ。


 じゃあ今度お願いするねと桜井くんに返しながら、私は少し自己嫌悪に陥った。



 ***************                *************** 


 評定が終わって部屋から出ると、六郎が声を掛けてきた。

 熱中症で倒れて以降は 少し大人しくなったけど、喧嘩腰なのはあんまり変わらない。


「評定の席で考え無しな発言をするのはお止め下さい。水利の開削も隠し湯の採掘も、簡単な作業ではないのですよ!?」

「それは解っているよ。ただどっちも地下水脈を探し当てる必要があるなら、一緒に提案しておいた方がいいかなと思って」


 怒られるかなぁと思ったけどやっぱり怒られた。

 さっきの評定で「石高を上げるために水利の開削と、領民を癒す隠し湯の採掘」って提案した時の六郎の顔、凄かったもん。


 こっちの世界の「水利の開削」って、川から水を引き込んだり、崖とかに横井戸を掘って、地下水脈から取るって方法があるんだけど、地下水脈なんてどこにあるか解らない。だから霊力が高い僧侶や陰陽師が、土中の「水気」を探るんだよね。


 でも多少霊力が高くても、そう簡単に水気なんて探れないから失敗も多い。


 人間には無理でも霊獣ならそれが可能で、水を司る越後の神龍なら、地下水脈を探し当てるなんて簡単に出来る。

 でも越後では、龍が自由自在に雨を降らせるから「水利の開削」なんて必要ない、という……。


 そんな『霊獣の神力』に目を付けたのが富豊秀好で、一大名の領地だけじゃなく、日ノ本全部にその恩恵を行き渡らせようとしていた、ってゲーム設定だった。


 まあそれはともかく。


「簡単に水脈を探せなんて言うな」って言う六郎の言い分もわかるんだけど『石高を上げる』事を考えるのは領主の基本じゃないのかな。

 温泉の件は『地下水脈が熱ければ温泉』な訳だから、水脈を探すついでに熱溜まりもチェックしとけば楽だろうと思ったんだけど。


 ……あれ? 越後の神龍が水脈を探れるなら、火を司る炎虎は火山の熱溜まりを見つけられるんじゃない?

 水場の近くで、地表近くまで漏れた熱をピンポイントで探り当てられれば、温泉を見つけられる可能性が高そう??


「ありがとう六郎、何か閃いたかも!」


 私は何かまだ怒っていたらしい六郎を置いて、走って逃げた。


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