第82話 兼継・修羅場イベント1 ~side S~

 ……結局俺は、ほどほどに正直に話すことにした。

 嘘はつかない。破綻した時に取り返しがつかなくなる。


「俺を調伏したら桜姫がどうなるか解らないぞ! まず俺は怨霊じゃない。信じられないかも知れないが、たぶん異世界から来て桜姫の中に入っている。あんたに愛染明王が憑依してるのと似た感じだ」


「貴様なぜそれを!?」


 普段の取り澄ました仮面をかなぐり捨てた兼継に 内心ひやりとしたが、俺は兼継の声に被せて怒鳴り返した。


「あんただってそうなんだから、俺がそうでもおかしくないだろ!?」


 厳密に言えば違うんだろうがどうでもいい。俺は揚げ足を取られて論破される前に言い包めようと 矢継ぎ早に言葉を継いだ。


「俺は別の世界で生きている人間だ。この世界に来た時、最初は夢だと思った。でもここに居る間は花の匂いだって感じるし転べば痛い。俺にはたぶん「こっちの世界」も現実なんだ。調伏なんてされたらどうなるかわかんねーからマジ勘弁してくれ」

「俄かには信じがたいな。ならば『本物の桜姫』はどこだ?」

「知らん。だが今は『桜姫』の身体に俺しか居ない。俺を消しても戻るって保証はないぞ。それに今、桜姫に何かあったら雪村にどう説明するつもりだ?」

「……」


 桜姫を守る為なら 無茶な鍛錬にも耐える雪村だ。ここで桜姫に何かあったとなれば、兼継としても都合が悪いだろう。

 殺意が消えたのを察して、俺は兼継に「左手」を差し出した。


「俺はこの世界を知っている。そしてこの先起こり得る「未来」がわかる。あんたが見逃してくれればそれを教える。悪い話じゃないはずだ」


 はったりだ。

 この世界はすでにゲームと違う展開になっているから、この先どうなるか解らない。それでも愛染明王の件を言い当てた「今」しか、このはったりは効力を発揮しないだろう。


 俺は敵意を持って左手を「握手」の為に差し出したが、この時代に握手の風習が無い事をすっかり失念していた。

 おまけにこの時代の「手を握り合う」行為は愛情表現だったらしい。道理で差し出した俺の手を見た兼継が 死ぬほど嫌そうな顔をした訳だ。


 後日、すべてが終わった後の現世で この時代の「手を握り合う」風習を知った俺は、枕に顔を埋めて転げまわる羽目になった。



***************                *************** 


 話は戻る。

 手持ち無沙汰になった左手を引っ込めた俺は、いい機会なので兼継に確認してみる事にした。

 愛染明王爆弾の後だから、多少は感覚がマヒしているはずだ。


「ところで兼継、俺も聞きたいことがある」

「何だ?」


 雪村が戻らないから兼継も手持ち無沙汰なんだろう。あっさり話に乗ってきた。


「雪村は何で女のままなんだ?」

「さあ。何が起こったのやら。雪村の事を私に聞くな、本人に聞け」


 その本人に聞いても聞き出せなかったから聞いてるんだ。……とは言えず、俺は(少しはったりをかます事にはなるが)俺が知る「未来」を匂わせてみることにした。


「雪村はあの夜、兼継んとこに行っただろ? ならあんたが男に戻せたはずだ」

「……言っている意味が解らん」


 その表情は訝しげで本当に解っていないっぽい。仕方なく俺はずばんとダイレクトに聞くことにした。

 可愛い女の子になっている雪村には 羞恥心が邪魔して聞けなかったが、野郎に遠慮など無用。


「だ・か・ら! 陰陽とはどうとか小難しい理屈で雪村を言い包めて、契ったんじゃないのか?」

「!?」


 あ! この顔は図星だ!

 俺は弱みを握った気分で、うっきうきしながら畳みかけた。


「だから俺はこの世界を知ってるって言っただろ? ただ『未来』は決まってるわけじゃない。けど『今』の状況は、知ってるはずのどの『未来』とも違うんだ。俺が知ってる『未来』では雪村が女になるのは一晩だけのはずだった。だからこっちの世界のあんたが何をしたのか気になった」


「未来がわかる」と言い切ったが、後々のためにも少し幅を持たせておいた方がいい。そう思って軌道修正を図ったんだが、それだけで奴は「筒抜けにバレてる訳でもない」と察したらしい。

 動揺は一瞬だけで、兼継はとっとと体勢を立て直して居直った。


「貴様に話す義理はない」

「あのさ、俺は未来がわかるんだから助言も出来るぞ? だいたい雪村をやたら心配したり鍛えたりしてるみたいだけどさ、あんたどうしたい訳? 俺の知る未来ではあんたが雪村を男に戻してる。元に戻せば心配も鍛錬もしなくていいんじゃないの?」


「……戻せるものなら とっくに戻しているさ」


 眉間を指で押さえた兼継が苦々しい表情になって、俺は逆にぽかんとした。


「契っても戻らなかったのか?」


 可憐な超絶美少女の桜姫が、契ったの契ってないのと言ってる絵面は下世話極まりないが、どうせ相手は兼継だ、知ったこっちゃない。


 ぽかんとしたままの俺に 軽蔑を滲ませた視線が刺さり、兼継は大きな溜め息をついて呟いた。


「……雪村が怖がる。他の方法を探したい」


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