第81話 兼継・好感度稼ぎイベント ~side S~

「すごい!越後にはこんなに綺麗なところがあるのね!」


 俺は素で桜に見惚れた。

 夏桜は春の桜とは違う美しさだった。純白の花びらが、光を反射して乱舞する光景は本当に綺麗だ。

 水族館で渦巻いて泳いでいるイワシの腹に似ていないでもないが、イワシの腹ではこんなに感動しない。花は偉大だな。


「喜んでいただけたなら何より。これは越後の山中でしか見られませんから」


 兼継が穏やかに微笑んでいて、俺はちょっとこそばゆい気分になる。

 本来こいつは桜姫の攻略キャラなんだから、こんな表情が標準仕様のはずだ。

 そして超絶美少女の桜姫がこんなに可愛くはしゃいでるんだから、笑顔になってもおかしい事なんてない。

 それなのに、何でこんなに不吉な感じがするんだ……。


「兼継殿はどこかおかしいのではないの?」

 雪村にそう耳打ちする前に、奴は「途中に茶屋がありましたよね。せっかくですからお花見しましょう。団子を買ってきます」と席を外してしまった。


「待って雪村! わたくしも行く!」

 そう叫んだのに、雪村は病み上がりとは思えない全力疾走で駆けていった。

 あの野郎……



 ***************                ***************


 雪村が逃げるように居なくなった後で、俺は振り返る事も出来ずに立ち尽くした。

 兼継の視線が後頭部に突き刺さる。

 うわあどうしよう……どうやってこの時間をやり過ごせば……


「桜姫」

「はいィ!?」


 俺は思わず上ずった声を上げて飛び上がった。

 おそるおそる振り返ると、嫌そうで怪訝そうな表情を隠そうともしない兼継と目が合う。

 さっきまでの微笑みはどこ行ったってくらいの豹変っぷりに、俺は心を落ち着けつつ覚悟を決めた。まさか取って食われはすまい。


「あら、何かしら?」

「姫に少し確認したい事があるのだが、良いだろうか」


 何を確認したいのかは解らんが、とりあえず頷くと「姫は何か穢れを受けた事などありませんか? 例えば怨霊に襲われた際に浄化を怠った事などは?」と、おかしなことを聞き出した。


 怨霊に襲われたのは雪村と出会った時くらいだが、怪我でもしない限り浄化は必要なかったんじゃねーかな。

「怨霊から受けた傷を放置すると腐る」とか「怨霊に殺された死体を放置すると怨霊化する」ってのは聞いた事があるけど。ゲーム中で。


「ないわ」


 可愛い愛想笑いでそう答えたが、兼継はふと目を逸らして深刻そうな顔になった。そして独り言みたいに言葉を続ける。


「なるほど。今の姫からは清浄とは言い難い気を感じるのです。そういった覚えがないなら、姫自身が相当怨霊に蝕まれている可能性があるな。専門ではないが、雪村が戻る前に調伏しておくとしよう」


 そう言うなり、奴は間髪いれずに 横薙ぎに刀を振るってきた!

 刀の切っ先が俺の胸元を掠め、仰け反るように躱したけれど、バランスを崩して尻餅をつく。俺は即座に後ずさって距離をとった。

 躱したのが面白くなかったのか ち、と舌打ちをしやがった兼継に、俺はおもわず素で怒鳴り声をあげた。


「何すんだ! 危ねえだろ!」

「ふ、本性を現したな」


 にやりと嗤う兼継の方が ずっと怨霊じみている。

 不味い、こいつ本気だ。


 いやちょっと待て。俺から「清浄な気を感じない」と言うならその通りだろうさ。俺のこの世界での目的は「女の身体でエロ体験をすること」なんだから、煩悩まみれな自覚はある。

「愛染明王が憑依している」設定のこいつが、そこらへんを敏感に察知したっておかしくない。だけどだからって、いきなり斬りかかるか!?

 そもそもここは18禁乙女ゲームの世界だぞ? 倫理観についてどうこう言われたくねえ!


 しかしその論理が通用するとは思えない。

 ここで生きている奴に「ここは18禁乙女ゲームの世界ですよ」なんて言っても「はあ!?」って返されて終わりだ。そして多分、俺もそこで終わる。


 まずはここを乗り切らなければいけないんだが、どう言えば言い包められる?


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