第83話 兼継・修羅場イベント2 ~side S~

 ……

 …………!?


 えぇえええ!?

 ぽかんとしていた俺は、顎が外れるくらい驚愕した。


 ヤッてない? ヤッてないですって!?

 こいつ、ゲームのシナリオを捻じ曲げてイベントの結末変えてきたの!? そんな事しておいて「男に戻したい」と思ってんの!?

 おまけに「怖がるからしない」ですって! アナタここ18禁乙女ゲームの世界よ?そしてそれ、アナタの為に用意されたシナリオよ??


 驚きすぎてオカマ口調になっちゃったじゃないか。


 コメントのしようがなくて黙り込んだ俺に、眉間に指を当てたまま兼継が 嫌そうに聞いてきた。


「念の為に聞いておきたい。お前が知る中に雪村が女子のままという「未来」は無いのだな?」

「うん」

「そしてあの時に契っておけば、雪村は元に戻っていたと」

「うん」 あ、そこはやっぱり気になるんだ?

「先ほどお前は『未来が決まっている訳ではない』と言っていたが、何を基準としてそれが変わる?」


 いまいち考えが読めない仏頂面を眺めながら、俺はちょっと考え込んだ。

 ここはどう言っておけばイニシアチブが取れるだろう。やはり「未来は俺次第だ」と印象付けておいた方が後々有利に働くはずだ。

 しかし『基準』と言われても、桜姫がここぞってところでどんな行動をとるかってのは『俺の選択』としか言いようがないし、この世界においては『未来が決まっていない』=『桜姫と結ばれる相手が決まってない』って事だ。


 ……たぶんそのまま喋ったら、俺は調伏の餌食になる。


 それに兼継が気にしているのは雪村の未来だろうが、俺はまだ雪村ルートをやっていない。

 そこらへんを話題から逸らしつつどう誤魔化すべきか、俺は考えを纏めながら口を開いた。


「明確な『基準』がある訳じゃない。何を『選択』したかで未来は決まる。あんたがした『選択』は俺が知る『未来』に繋がらないから、雪村の未来は解らん。ただ、あんたが雪村を男に戻してくれれば『未来』が元ある形に戻る。いつか雪村が危機的状況に陥ったとしても、俺なら救える」


 その時の俺はまだ、雪村ルートは死亡エンドしか無いとは知らなかった。

 美成の関ケ原でも 選択肢次第で生存できるルートがあったから、そんな事は知らなかったんだ。

 結局あの時の俺は、出来もしない雪村の未来を盾に取って、兼継を屈服させた事になる。

 それを知らない当時の俺は、兼継を言い負かした事にほっとしたと同時に ちょっと調子に乗っていた。


 しばらく睨み合いが続いた後でふと目を逸らした兼継は、大きく息をついて腕を組んだ。

 その表情には悔しさみたいなのが滲んでいて、俺は勝利を確信する。


 それなのに。

「その話をどこまで信じて良いのか判断がつかんな。お前は曲がりなりにも神の子。私の神力を察知してもおかしくは無い」

 あろうことか兼継が、ここにきて因縁をつけてきた。


 愛染明王憑依の件を言い当てられた事がそんなに悔しいのかよ。本当に往生際が悪いな!

 仕方がない、駄目押しだ。


「じゃあひとつの未来を提示するよ。あんたは将来、俺を天に還す為にこ居る居る。どうだ?」


 兼継は桜姫とエンディングを迎えるかどうかは関係なく、もともと何かあったら桜姫を天に還すためにここに居る設定だ。この辺は未来がどうとか選択がどうとかは関係ない。


「驚いたな。そこまで言い当てられては信じぬ訳にもいくまい」


 兼継の目が一瞬だけ眇められ、その後、大袈裟なくらいの身振りで驚いたていを装ってきた。


 胡散臭いな


 そう警戒する間もなく兼継の手が伸び、俺の頭をがしりと掴んだ。

 慌てて見上げた俺の目に、据わった目のまま微笑む兼継の顔が映る。


「ではその御神託の通り、姫を天に還すとするか」


 朗々とした声とともに頭がぎりぎりと締め上げられて、俺は「いだだだだ!」と情けなく悲鳴を上げた。

 さすが戦国武将、りんごならとっくに握り潰されているレベルだ……が呑気な事を言っている場合じゃねえ!


「天に還す」ってそういう意味じゃねえよ!


「痛い痛いいだだだだ! ちょっと待て兼継! 桜姫に何かあったら雪村に何て言うつもりだってさっき言ったじゃないですかちょやめてやめてやめて!」

「心の臓が突然止まる病などいくらでもあるぞ。可哀相に、桜姫がそのような病を患っているとは知らなかったな」

「患ってねえ! お、お前がそんな事言ったって雪村が信じると思ってんのか!」


 そもそも頭を潰されてたら心臓発作じゃねーだろ!?

 しかし俺の必死の抵抗など意にも介さない。手を緩めずぎりぎりと締め上げたまま ふ、と嗤う兼継の顔が心底怖い。


「桜姫と私、雪村はどちらの言い分を信じるか 試してみるか? ……ああ、死人に口無し、だったな」


 殺される殺される マジで殺される! うわあああああ!



 ***************                ***************


 ふと頭を締め付ける力が抜け、俺はへたりこみそうになる足に力を入れて 必死で踏ん張った。


 イニシアチブって何だっけ、頭に血が回らなくて何だかくらくらする。

 たぶん今の俺は半べそだ。


「お前には利用価値がある故、いまのところは見逃しておこう。だがゆめゆめ忘れるな、生殺与奪の権は私にある」


 ごきりと指を鳴らし、兼継が爽やかに微笑む。



 光が降り注ぐように夏桜が乱舞する。その中で微笑むイケメンの絵面は、絵師渾身のスチルを見ているみたいでとても綺麗で、ものすごく……怖い。


 団子を持った雪村が戻るまで、ブリザードと化した夏桜の吹雪の下、俺たちは立ちつくしたままだった。




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