第78話 雪村恋愛イベント・勃発 1 ~side S~

 鍛錬は数日続いた。

 また中年侍女を怒らせたらヤバいと思ったんだろう。その間は雪村をひとりにさせず、兼継がずっと付き添っていたみたいだった。

 でも鍛錬を終了した夜に、奥御殿の庭先で技の復習をした雪村がまた倒れた。

 少年マンガでよくありがちな、気の塊みたいなのを放出した途端、ちょっと掠めただけの庭を大きく削り取って爆発した。どう考えても乙女ゲームには求められていない要素だろこれ。


 まるで月でも落ちてきたみたいな騒ぎになったが、もっと騒ぎになったのは、倒れた雪村が死んだみたいに冷たかったからだ。

 兼継はどういう技を教えてるんだって大騒ぎになって兼継が呼ばれたんだが、幽霊みたいに真っ青な顔色を見たら、誰も何も言えなくなった。

 いつもはキャッキャ妄想している侍女衆もさすがと控えているし、俺はこのまま雪村が死ぬんじゃないかと思ったくらいだ。


「雪村、もう大丈夫なの?」

 俺は雪村の額に手を当てて、改めて聞き直した。

 倒れた直後は本当に身体が冷たかったから、掌から伝わる熱にほっとする。

 雪村は安心させるように笑った後で「こちらには随分とお世話をかけてしまいました。お礼とお暇の挨拶が済みましたら信濃に戻りますので、姫もそのつもりで準備をお願いします」と、自分の体調に無頓着な事を平気で言っている。


 さすがとそれは無理だろ、もう少し休んでからにしろ という意味合いの台詞を可愛らしく伝えると、少し考え込んだ雪村が意外な事を言いだした。


「では姫、ここに滞在している間に、前にお話しした夏桜を見に行きませんか?」


 は? 俺はうっかりまじまじと雪村を見返した。

 女の間はイベントは進められないだろうけど、好感度稼ぎはしておこう。そして男に戻ったら一気に畳みかけよう。そう密かに思ってはいたが、雪村からデートの誘いをしてくるとは思わなかった。

 外見は女同士だが、中身が男の俺としては今の雪村とデートするのは楽しすぎる。いや、あっちも中身が男だから「中身が男同士」って事になって、女同士なんだか男同士なんだか複雑なことになってるがな。


 俺は嬉しさを隠しきれずに「本当に? わたくし、本当はとても夏桜を見に行きたかったの」と、うっきうきで雪村に美少女スマイルを大盤振る舞いした。

 ついでにもう少し好感度を稼いでおこうと欲を出し「ただ雪村は具合が悪いでしょう? だから無理かなって思っていたの」と『でも雪村の体調も心配なのよ?』アピールを加えた俺は、次の雪村の言葉で笑顔が固まった。


「はい、ですから兼継殿にお願いしようと思います。夏桜は「夏之区域」に関係なく、夏の越後山中に咲いていますから、案内するなら私よりも兼継殿の方が適任です」


 え? そう来る? ……俺はまじまじと雪村を見返した。


 雪村がこうなってから解った事がふたつある。

 ひとつは兼継周りの連中が、雪村が女になってもあまり驚いていない事。

 これは「五年前に起きたある事件」が起因していて、雪村が甲斐に戻されるきっかけになったそうなんだけど。その時に剣神が「雪村が女童だったら良かったのにね」と言ったんだと。

 越後の軍神が残した言葉だから、本当にそうなっても「毘沙門天のお導き」的な捉え方をする者が多い、って事。


 あともうひとつはあれだ。

 誰がどこからどう見ても、兼継が雪村にべた惚れじゃね? っていうか……?

 庭で雪村が倒れた時の 取り乱す寸前みたいな兼継の顔は、ここの侍女衆にとってはご褒美だったそうですよ。


 面倒だからぼかさず言っちまうと、五年前に雪村が甲斐に戻された理由。

「兼継と首藤っていう陰虎の直臣が、雪村の取り合いしたから」って言われてるんだよ。

 乙女ゲームだというのに、何でBLイベントが起きてんだとは思うが、原因は「御館の乱の前哨戦」だの「陰虎直臣の岡惚れ」だのとはっきりしない。


 ただ、この事件を悲恋仕立てにして仕上げた写本が大当たりしたそうで、写本市で「兼継×雪村」本はいつもトップクラスの売り上げなんだとさ。

「姫様にお見せしてよいか迷いますけど……」なんて言われながら侍女に楚々と渡され、心の準備もなく読んだ、人生初のBL写本がそのカップリングだったぜ……


「『私が女童であればこんな事には』とサメザメと泣きながら(妄想)甲斐に戻された雪村が、女子になる病に罹って兼継のとこに戻ってきました」


 ……なんて妄想みたいな現実が、本当に目の前で展開されているんだ。おまけに普段は女に対して一線引いてる兼継がアレじゃあ、侍女衆にとっちゃ、ぼんぼんに萌えあがった煩悩寺にばんばん薪を焼べてるようなモンだ。

 信長だって丸焦げだよ。

 少なくともそんな過去がマジであったら「長年のご愛顧に感謝」するまでもなく 18禁イベントくらい発生するよ。


 と、まあそんな感じで越後では、どいつもこいつも兼継と雪村の仲を推しまくっている。

 ここでの俺はヒロインなのに、完全アウェーなのだ。


 だがそんな越後の空気感なんて、ばたばた倒れまくって、自分の事で精一杯な雪村が気づいているとは思えない。

 儚く笑うとますます美少女っぽくなる雪村を眺めながら、俺は知らず溜め息が漏れた。


 ……俺、雪村狙いなんですけど。こんな状態でちゃんと攻略、出来るのかな……

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