第77話 雪村恋愛イベント其の三・勃発

「雪村、もう大丈夫なの?」

 小さい手を私の額に当てて、桜姫が心配そうに聞いてきた。

「もう大丈夫です、ご心配をおかけしました」そう言って私も笑い返す。


 何だか兼継殿にお説教くらってた記憶はあるんだけど、聞いてる途中で寝ちゃって、気が付いたら二日たっていた。

「毘沙門天のやり方」は人間がやっちゃいけないシロモノでしたよ。

 少なくともこの世界では、少年マンガにありがちな「ナントカ波」的なものを撃っちゃダメだ。


 私は身体を起こして「こちらには随分とお世話をかけてしまいました。お礼とお暇の挨拶が済みましたら信濃に戻りますので、姫もそのつもりで準備をお願いします」そう伝えると、桜姫がずい、と膝を進めてきた。


「あのね、雪村は軽く考えているようだけれどとても大変だったのよ? 死んだみたいに動かなかったし、兼継殿は心配してなかなか帰ろうとしないし。だから帰るのはもう少し体調を戻してからの方がいいと思うわ」と真剣な表情で頷いている。


 兼継殿にはすごく心配かけたなと思う。

 子供の頃にも、行先を告げずに寺子屋に行って行方不明扱いになったり、池に落ちたり、結構いろいろあったけど、その頃の兼継殿は意外と雪村の心配をしていない。

 池に落ちた時なんて、影勝様の鯉の心配が先だったくらいだよ。

 だから今回の反応がすごく意外だったけど「毘沙門天のやり方」があんな破壊力だって知ってたらそりゃ止めるし、それをぶち込もうとしてたんだから「私を殺す気か」ってマジな顔にもなるし「正気かこいつ」って頭の心配もしたくなるよね。


 心配といえば。

 私は目の前の桜姫を改めて見返した。


「カオス戦国」はイベント制限があって、武隈滅亡前までに最低でも恋愛イベント其の一を済ませておかないと、以降の恋愛イベントが起こらなくなるんだよね。

 自己紹介直後に武隈滅亡イベントに入っちゃったから、美成殿は間違いなくアウト。

 兄上はどうだったか確認してないけど、大阪の花見までふたりきりで出掛けた事は無い……と思う。

 そして今後、私は女になっているから雪村イベントは起こせない。


 そうなると桜姫が進めるルートは兼継殿か家靖、正宗しか残っていない。

 兼継殿は今となっては貴重な攻略対象なんだから、ちゃんと攻略してもらわないと。

 なのにどうも桜姫は、兼継恋愛イベント其の一「越後花言葉」で失敗したみたいで、兼継殿に対して腰が引けてるんだよね。


 このイベントでは「恋愛失敗選択肢」っていう『その選択肢を選んだ時点で恋愛失敗』になる選択肢が仕込まれてないから、好感度稼ぎの選択ミスできっつい事でも言われたのかな。

 それならどこかで好感度の底上げをしないと、次の恋愛イベントが起こせない。


「越後花言葉」。

 そのイベント名で私はふと思い出した。越後で花を見る、そういう話を前に桜姫としていた気がする。

 ああそうだ、雪村恋愛イベント其の一「信濃のきれいな場所」が発生した時、桜姫に「今度、越後に行ってみませんか?こちらの世界には「夏桜」という夏に盛りを迎える桜があるんです。越後の山中は寒いので随分遅くまで見られると聞いたことがあります」って言った事があった。


 ちょうど今は夏で越後滞在中。

 思い出して良かったよ。これを桜姫と兼継殿の好感度上げに使おう。


「では姫、ここに滞在している間に、前にお話しした夏桜を見に行きませんか?」

 そう誘うときょとんと私を見返して、やがて超絶美少女姫は「花が綻ぶ」って表現ぴったりの笑顔になった。


「本当に? わたくし、本当はとても夏桜を見に行きたかったの。ただ雪村は具合が悪いでしょう? だから無理かなって思っていたの」

「はい、ですから兼継殿にお願いしようと思います。夏桜は「夏之区域」に関係なく越後山中に咲いていますから、案内するなら私よりも兼継殿の方が適任です」


 兼継殿の名前を出した途端に桜姫の表情が翳り、おまけに「……行くのやめる」と、ぷいとそっぽを向いて膨れた表情になってしまった。

 ええー!? そんなに前回のイベント失敗したの? ふたりきりになるのが気まずいほどに!?


「でも楽しみにしていたのでは……」

 探りを入れるつもりでそう聞くと「わたくしは! 雪村と行きたかったの!」と桜姫がぷんすか怒りだした。

 ああ、兼継殿が嫌なんじゃなく「雪村と」行きたかったって事か。


 男も女も関係なしに好意を持ってくれているって事なら嬉しいけど。

 私は一応確認も兼ねて念押ししてみる事にした。

「私は今、女性の身体ですよ? そしていつ元に戻れるか解りません。私との縁を深めるより他の殿方を優先して下さい。時間は有限ですから」


「え? あの……」

 桜姫が少し怯む。

 あれ? まさか私が女になっている事に気づいていなかったのかな?

 改めて説明しようとしたら、先んじて桜姫が口を開いた。


「雪村は「わたくしを守る」という父上様のご遺言を守るために 無理な鍛錬をしてこうなったのでしょう? わたくしが何も感じないと思っているの? 雪村が大事なの、あまり思いつめないで。綺麗なお花が咲いているなら一緒に見たいわ。お花は心を癒してくれるもの」


 慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、桜姫が私の手を取って可愛らしく首を傾げる。

 この台詞は聞き覚えがある。

 これは……


「桜姫……」


 それって雪村恋愛イベント其の三「夏椿の樹の下で」で桜姫が雪村に言う台詞では……?


 雪村恋愛イベント其の三「夏椿の樹の下で」は、もっと桜姫を守る力が欲しいと願う雪村が、無理な鍛錬をして倒れてしまう。そして自己嫌悪で思いつめている雪村を、桜姫が励ますイベントだ。


 本当は「桜姫を守る力」が欲しくて鍛錬してる訳じゃないんだけど、私はこの鍛錬を始める時、兼継殿に「姫を守る力が欲しい」って言っている。

 そして私が倒れていたのは、冬之区域の「白椿」の下だったらしい。

 ゲーム中の雪村が倒れていたのは「夏椿」の下って表記だけど、今は夏だし夏椿は白いんだよ……


 倒れてる雪村を見つけるのが兼継殿か桜姫かの違いはあるけど、こういう経緯であの台詞を言っちゃえばイベントとしては十分成立しそう。


 桜姫、隙あらば恋愛イベントをぶっ込んでくるなあ!


 それ以前に恋愛イベントって女になっても進行するの!? 嘘でしょ!??



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