第27話 恋愛イベント・勃発

「越後はきれいな花がたくさんあるのね」

「ここには神龍の加護がありますから。これだけ咲くのですから花を贈り合う風習も楽しいでしょう」


 越後は北以外の三方位に三柱の神龍が祀られていて、土地に神気が満ちている。

 そのせいで、ここでは東には春の花、南には夏の花といった具合に、季節問わず花が咲き乱れているのだ。


「お花を贈るの?」桜姫がきょとんと首を傾げる。

「はい、越後では意中の方に花を贈る風習があります。花には花言葉というものがありますから、気持ちに見合った意味を持つ花を贈るのだそうです。そうだ、姫も兼継殿に贈ってみてはどうでしょう?越後ではとてもお世話になっていますし」


 今の反応だと、まだ侍女から聞かされていないみたいだな。まあいいか、時間の問題だ。

 しかしどうにもイマイチ、姫が乗り気じゃない。


「そうね……でもわたくし、花言葉は詳しくないわ」

「花言葉をまとめた冊子があるはずです。侍女衆に聞けば誰か持っているでしょう。私もそんなに詳しくはありませんが……そうですね、例えばこれは秋海棠といって花言葉は「恋の悩み」だとか」


 手近に咲いていた秋海棠を手折って渡し、判る範囲で花言葉をいくつか挙げていくと、桜姫が珍しく困惑したような顔を向けてきた。


「ずいぶんと恋のお花に詳しいのね?誰かにいただいた事があるの?」

「いえ、兼継殿がよく花をいただいていて、お返しを代わりに届けに行くことがあったのです。その時に聞いたのだと思います」


 うん、たぶん。


 でも記憶を辿ると、雪村自身も貰った事があるような気がする。

 さっきの秋海棠だって、雪村が貰って何だかわかんなくて途方に暮れていたら、兼継殿が意味を教えてくれたって記憶があるんだけど、雪村自身が忘れかけてるわ、これ。


 貰った記憶はうっすらとあるけど、誰に貰ったかは覚えてない。

 さらに何の花を返したかの記憶が無い。もしかして返事をスルーしたんだろうか。

 この朴念仁め。

 私は今後貰うことがあったら、女の子にこんなヒドイ事はしないようにしよう。


 昔の自分自身に憤っていると、桜姫が摘んだ秋海棠の花を弄びながら、可愛らしく聞き返してきた。

「兼継殿はそんなにたくさんいただいていたの?」

 おっ? そこが気になりますか?

「はい。兼継殿は和歌を詠むのも達者なので、返花ではなく和歌をお返ししていましたよ。いつもどのようなお返事をしているのか聞いたのですが、教えて貰えませんでした」


 兼継殿は花はたくさん貰っていたけど、結局彼女っぽい人は作ってなかったよな。

 一体どんな返事をしたらあれだけの告白をスルー出来るんだろ。それ以前に和歌なんか返されたら太刀打ちできん。

 いや、今の雪村知識がある私なら、ある程度は和歌も詠めるんだよ。

 この時代は戦の前に「連歌会」っていうのをやっている。あんまり本筋に関係ないから詳しい説明は省くけど、ようするに戦勝祈願で神社に和歌を奉納する儀式があるから、武将なら和歌が詠めて当たり前なの。

 ただ雪村は「辞世の句」ならまかせとけって感じの和歌ばっかり作ってたから、恋愛まったく関係ない。


 私の心の声が聞こえたかのように、桜姫がうなだれたまま呟いた。

「和歌なんて返されてもお返歌できないわ」


 ですよねー。


 ゲーム中でも和歌なんて詠みかけられたら、知ったかぶって好感度を稼ぐか素直に意味を聞くか迷ってたもん。

 結局、クイックセーブを使って、意味を聞いた後で知ったかぶるんだけどね!


 思い返せば兼継殿も、同じ女の子から再度お花を貰ったことはない気がする。

 やっぱりみんな「和歌なんて返されたら、次はこっちも返歌が必要?」って思ってるんじゃない?


 なるほど。これ以上は教養がある奴だけかかってこいって意味か。

 なかなかリスキーなイベントだな、これ。


 よし、ここから先は侍女衆にまかせよう。彼女たちなら返歌くらい、簡単に準備してくれそうだ。


「ではそろそろ戻りましょうか。侍女衆に、おやつの時間までに帰すと約束してしまいました」

 私はしゃがみこんだまま、秋海棠の花をじっと見つめている桜姫に手を差し出した。



***************                *************** 


 帰り道、あまり元気がない桜姫の姿に私は軽く後悔していた。


 和歌の事は伏せておいた方が良かったかな。こんなに兼継殿に返す返歌の事でヘコむとは思わなかったよ。

 でも事前に知っておいた方が、面倒事には対処できるはずだ。がんばれ桜姫。


 私は隣を歩く桜姫に笑いかけた。なるべく気楽そうに見えるように意識しながら。


「返歌に自信がないなら、奥御殿の侍女衆に頼んだらいいですよ。あの方達ならその程度は朝飯前でしょうし、代返したなど絶対に漏らしませんから」

 

そう言って励ます私に、桜姫がぽつりと呟いた。


「そういえば雪村、前にたんぽぽの花言葉も教えてくれたわね。雪村はどなたかにお花を贈ったことがあるの?」


 たんぽぽ?


 ああ、雪村恋愛イベント其の一「信濃のきれいな場所」の時にそんな話をしたような。いや、でもあれは……


「蒲公英を贈った相手でしたら桜姫ですよ。子供の頃、姫に蒲公英の花冠を作って差し上げたのですが、覚えていませんか?今にして思えば花言葉は「神託」でしたね。その頃から姫に神気を感じて……いたのでしょうヵ……」


 我知らず、語尾が小さくなっていく。


「たんぽぽって「真心の愛」って意味もあるのでしょう?」

 急に桜姫がうきうきと復活した。それに反比例して、私は顔色がなくなっていく。


 しま……った……これは……

 雪村恋愛イベント其の二「たんぽぽの花冠」が発生してしまった……!


 このイベントは「二人で出掛けた帰りに『子供の頃、雪村にたんぽぽの花冠を贈られた』事を忘れている桜姫に、雪村が切なげに告白してくるイベント」なんだけど……!


 本気で油断していた。何をぺらぺらたんぽぽトークをしてるんだ、私は!

 兼継恋愛イベントの下準備にきて自分のイベントを発生させるなんて、馬鹿なの?馬鹿だよね? 馬鹿だよ!!


「蒲公英には「別離」という意味もあります」


 そう思ったけど、はしゃぐ桜姫を見ていると、もう何も言う気にはなれなかった。

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