第23話 逃亡の姫と「長年のご愛顧感謝イベント」 ~side S~

 結局あの後、影勝の妹(本物)も同じ穴のムジナで、おまけに陰虎のとこにとついだから、影勝と陰虎に関しては公認済みたいな物だ 怖がらなくていいと笑われた。


 よほど俺は絶望した顔をしたらしい。


 どっち方面に安心させようとしたのかは知らんが、ちゃんと男女カップルの「写本」も出していることも教えてくれた。

 陰虎かげとらと影勝いもうとのロマンスを、本人監修のもと書かれたハーレクイン風同人誌、それと影勝妹が書いたという兄と夫のBL同人誌を「読みますか?」と差し出されたけど、それはそのうちに、とつつしんで辞退した。

 

 殿様と旦那でそんな妄想が出来るのか。すげえな、妹であり嫁である奴が。

 最強メンタルは影勝妹じゃないかこれ。


 俺はこっちの世界でもオタクな姉か妹が出来るのか……



***************                *************** 


 翌日の昼下がり、奥御殿の庭でぼんやりしていた俺に、雪村がにこにこと話しかけてきた。


「越後の侍女衆とさっそく打ち解けられたようで安心しました。こちらの方々はとても親切ですから頼りになりますよ」


 打ち解けた……そう見えるか。

 自分らがそいつらのせいでどんな目にあっているかも知らないってのは幸せだな。

 俺からはチクれないけど。


 それに正直、男の分際ぶんざいでBLトークに付き合うのは、ちょっと俺自身の力量不足を感じている。話を合わせるならもう少し「写本」を読み込まなければならないんだが、俺にそれが出来るだろうか。


 ああそうだ、侍女衆に聞きそびれた事を雪村に聞いてみよう。オタク用語だったら知らないかもしれないけど。


「あのね、少し小耳にはさんだのだけれど。雪村は「とりかえばや」って何なのかわかる?」


 オタク用語じゃなかったらしく、雪村は少し不思議そうな顔をしながらも説明してくれた。

「とりかえばやは、男子が女子に、もしくは女子が男子にり済ました者が登場する読み物のことです。姫はそういった物に興味がおありなのですか?」

「いえ、そういう訳ではないのだけれど」

 そう返事をしながら俺は、何だか手のひらに嫌な汗をかくのを感じた。


 実は昨日、寝る前に「花押を君に」をプレイしていたら「初版のデータがあったら発生する『長年のご愛顧感謝あいこかんしゃイベント』」が発生した。

 その「ご愛顧感謝イベント」は、一晩だけ美成が美少女化して、さらに兼継の18禁イベントが発生するというものだ。


 人間の欲には限りがない。どうも兼継ファンから「兼継だけエロがないのは不公平」と苦情が来たから、それに応えてのイベントらしいんだが……

 だからって何で女体化なんだよ? どっちかっつーと女体化した戦国武将モノって男性向けじゃね?


 乙女ゲームでその発想がもうカオス。



 まあそれはともかく。

 そのイベント自体は、兼継攻略時にも発生したから知っていた。

 だからそのつもりでプレイしていたら、昨日は何故か美成じゃなく、雪村が美少女化したんだよ。

 公式HPには美少女びしょうじょ美成みつなりのスチルしか掲載されてなかったし、何でだと攻略サイトで確認したら、どうやら美成を攻略対象にしなかった場合は雪村になるらしい。


 美成イベントは全部見たからもういいやと、大阪で美成に会わずに済ませたからそのせいだった。


 さすが「カオス戦国」なんて別名で呼ばれてるだけあるカオスっぷりだけど、越後では「雪村が実は女」って同人誌が人気だったのか。


 妙なリンクっぷりが気持ち悪いな。



***************                *************** 


「冷えてきましたね。そろそろ戻りましょう」


 石に腰かけていた俺に、雪村が手を差し出してくる。

 その手をとりながら立ち上り、俺はよろけた振りをして雪村に抱き着いた。


 庭のあちこちから声にならない悲鳴が上がる


 見えない場所からのぞいている侍女どもめ、括目かつもくして見よ。この程度じゃこいつはオトせない。


 だが人は成長する生き物なのだ。瞳をうるうるさせ、ぷるぷると震えて雪村を見上げる。 さあ俺渾身こんしんのチワワ演技を見るがいい。


「雪村と離れたままは淋しいの。お願い、わたくしも兼継殿のお邸に連れて行って?」


 別に兼継に会いたい訳でも、例の「ご愛顧イベント」のせいで、雪村を兼継のとこに置いておくのが心配になった訳でもない。


 俺はこの腐女子英才教育から抜け出したいんだよ! ここの生活は俺には濃すぎる!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る