魔王の倦怠
「…………」
富皇は珍しく魔城に戻り、険しい顔で玉座に座っていた。
侵略の状況が芳しくない、というわけではない。
むしろ侵略は滞りなく進んでいた。
魔軍の一斉攻撃は帝国の各領地を次々と攻め滅ぼし、魔族の領地を広げていった。
勇者が出るところには同じく勇者であったシャーロットか、あるいは富皇本人が当たり対処することで撃退していた。
魔軍の侵攻は、順調に進んでいた。
しかしながら、富皇は面白くなさそうな顔をして座っていた。
「富皇様?」
そんな彼女にノスフェラトゥが話しかけた。
彼女の様子を心配したようだった。
「いかがなされたのでしょうか、もしや何やら懸念事項でも……?」
「ああ、ノスフェラトゥ……いえ、なんでもないのよ。なんでも」
そう言い富皇は立ち上がり玉座の間を後にした。
一方で、そんな彼女を遠くから眺める姿があった。
奉政だ。
彼女は富皇の後ろ姿をしばらくじっと眺めると、やがて動き出した。
奉政が向かったのは、淀美の部屋だった。
淀美は彼女にあてがわれた大きな部屋で、数々の兵器を生み出しては試しているところだった。
「邪魔をする」
「ん? なんだ奉政か。いやあお前が石油の埋蔵場所をサーチしてくれたおかげで戦車や戦闘機といった兵器が動かせる。感謝しているよ」
「それはいい。魔軍にとって必要なことだったからな。それよりも、話がある」
「話? なんだい急に」
淀美が不思議な顔で問い返すと、奉政は周囲を気にし始め、そして誰も居ないことを確認すると、小声で話し始めた。
「……私達の、これからの身の振り方についてだ」
「……どういうことだ」
淀美はその言葉を聞くと険しい顔になり、椅子に座った。
奉政も向かい合うように椅子に座る。
「最近の宇喜多氏の様子、おかしいとは思わないか?」
「富皇の? ……そう言えば、急に機嫌が悪くなり始めたような……」
「……私が思うに、宇喜多氏は最近の侵略をつまらなく思い始めているのかもしれない」
「侵略を……?」
「ああ」
聞き返す淀美に頷く奉政。
その表情は、とても険しいものであった。
「彼女はもともと自分の快楽のためにしか動かない人間だ。それが、殺人に変わる侵略という快楽を得て楽しんでいたのが今までだ。だが、今の彼女からはその“楽しむ”という感情が消えつつあるように見える。思うに、この戦争の終わりが見え始めて、飽き始めたのかもしれない……」
「そんな、子供のゲームじゃないんだし――」
と、そこまで言って淀美はハッとした。
奉政もその言葉に頭を縦に振る。
「そうだ、ゲームなんだ。彼女が常々言っていたように、これは彼女にとってゲームだったんだ。大詰めが見えて、もうやることのないそのゲームに飽きてきたんだ」
「……しかし、彼女が飽きたらどうなる? この侵略ゲームは、どうなってしまうんだ?」
「それは、私にも分からない……だが、今までの私達の努力が水泡に帰す事だけはなんとしても避けたい。故に、相談しに来たんだ。これからどうするか、をな」
「……そうだな。と言っても、奉政はもう既に案を考えているんだろう? お前は、そういう女だよ」
「……まあな。私としては――」
そこで奉政が語ろうとした、そのときだった。
「大変です! 奉政様! 淀美様!」
話している二人の部屋に、ノスフェラトゥが血相を変えて入ってきたのだ。
「どうした、急に。私達は今話し中だ」
「それどころではないのです! 魔城眼前に、人類の軍勢が現れました!」
「何っ!?」
「何だと!?」
二人はノスフェラトゥの報告を受けると急いで魔城の前を一望できるバルコニーへと走る。
そこには何万という数の人類の軍勢が揃っていたのだ。その先頭には、当然の如く勇者である天光がいた。
「これは、一体……!?」
混乱する奉政と淀美、そしてノスフェラトゥ。
「くくくくく」
だが、その後ろから一人楽しむような笑い声が聞こえてきた。
富皇だった。彼女が笑いながら歩いてきたのだ。
「あなたは……一体何をしたのだ!?」
奉政が富皇に掴みかかりながら言う。
しかし富皇は、そんな彼女の態度をあざ笑うかのようにニタニタと笑いながら答えた。
「最後の戦いのチャンスを演出してあげたのよ。滅びるのは人類か、魔族か。その最後の演出をね」
決定的な言葉だった。
目の前の状況が、富皇によって引き起こされたことを証明する発言だった。
驚愕と絶望的な表情を浮かべる三人。一方で、やはり富皇は楽しそうな顔をしていた。
「さあ……最後の戦いといきましょうか」
富皇は実に楽しげに、しかし邪悪な笑みで言った。
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