勇者対勇者

「魔王様、だと……!? 何があった、シャーロット!」


 戦場でヨアヒムは叫ぶ。

 すっかり様変わりしてしまった、かつての盟友に。

 彼の叫びは悲鳴にも似た悲しみを帯びていた。


「ふふふ、何があった、ですって? 私はただ本当の私に目覚めただけよ。今の私が真実の私であって、過去の私が嘘の私だったってわけ」


 しかし、それをシャーロットはあざ笑うように言う。


「ふざけるな……! お前がそんなことを望むはずがない!」


 シャーロットが常軌を逸しているのは明白であった。


「うふふ、どうかしら? 今まで気づかなかっただけかもよ?」


 だが、シャーロットがその口で笑うたびに。

 その手で人の命を殺めるたびに。

 ヨアヒムの感情はグチャグチャにかき乱されていく。


「その口で……その顔で、これ以上の狼藉を働くな!」


 気づけばヨアヒムはシャーロットに向かって炎の魔法を放っていた。

 両手から放たれる炎の柱は巨大で、普通の魔族なら一瞬で焼き払われてしまうだろう火力だった。


「ふふっ」


 しかし、それをシャーロットはかわした。

 彼女の得意とする、瞬間移動で。


「くっ!?」

「次はこっちよ」


 そしてシャーロットはヨアヒムの懐まで入り込み、その巨大でいびつな剣を振るった。


「ぐうっ!」


 ヨアヒムはそれをぎりぎり魔法のシールドで防ぐ。

 しかし、シャーロットの異常な臀力により、ヨアヒムはシールドごと後方に吹き飛ばされる。


「逃さないわっ!」


 シャーロットは吹き飛んだヨアヒムに追い打ちをかけるべく再び瞬間移動でヨアヒムの元へと飛ぶ。

 ヨアヒムはそれを察知し、再び飛ばされながらもシールドを貼る。

 そのシールドはさらなる斬撃を防ぎ、ヨアヒムは一命をとりとめた。


「ほらほらほらほらぁ!」


 しかし、シャーロットの攻撃は止まらない。

 連続で繰り出される異常なまでの速度の攻撃に、ヨアヒムはただ防ぐことしかできなかった。

 そして防ぎながら思う。

 自分達三人の勇者の関係は、かつて三すくみであったことを。

 シャーロットは機動力にすぐれており、魔法の火力に頼るヨアヒムでは分が悪い。

 しかしそのヨアヒムは身体強化を中心としたエンチャントに優れていたエマニュエル相手に優位が取れた。

 そしてそのエマニュエルは純粋に力でシャーロットを圧倒でき、シャーロットはエマニュエルには勝てなかった。

 三人の勇者は、そうしたバランスの上で成り立っていたのだ。

 だが、今はそのエマニュエルが富皇に殺され、もはやバランスは崩壊してしまっていた。

 ヨアヒムは窮地に立たされながらそんなことを思い出し、戦闘中でありながらも再びエマニュエルの死に胸を締め付けられるような思いになった。

 だが、そんなことをシャーロットが察するわけもなく――


「ほらほらどうしたのよっ! 防いでいるだけじゃ勝てないわよっ!」


 苛烈な攻撃を彼女が止めることはなかった。

 更に、その中でヨアヒムは違和感を覚える。

 シャーロットのパワーは明らかにおかしいと。

 以前手合わせしたのはずっと前のことだが、そのときはこれほどのパワーはなかったし、彼女が出せるはずもないことをヨアヒムは分かっていた。

 しかし、今のシャーロットは恐ろしいほどの力を出している。

 まるで、魔族のような力を。


「シャーロット……お前、その力は……!」

「うふふ、凄いでしょう? これも魔王様の与えてくださった力なのよ! 人を遥かに凌駕した力! ああ、この力を弱い人間相手に振るうのは、とても興奮するのよ……!」

「……シャーロットおおおおおおおおっ!」


 ヨアヒムは叫んだ。

 彼女の発言はもはや勇者として、いや人として道を踏み外していると。

 そして、そんな彼女を止めるには自分も彼女を殺す気でいかなければならないことを、ヨアヒムは悟っていた。

 だが、既に防戦に持ち込まれた以上このままでは有利に戦いを進められないとも思った。

 今必要なのは、たとえ敗戦になろうともこの場を脱すること。

 それが次の――人類の勝利へと繋がると、あくまで彼の冷静な部分が語っていた。

 故に、彼は狙っていた。


「はははははははは! 手も足も出ないとはこのことねぇ!」


 彼女が、隙を見せるのを。


「でもこのままだと埒が明かないわね……だったらこの一撃で吹き飛ばしてあげる!」


 シャーロットが大きく剣を振りかぶった。

 ヨアヒムは、そのタイミングを逃さなかった。


「ふんっ!」


 ヨアヒムはその瞬間に高速移動の魔法と突風の魔法を組み合わせ、一気に後ろに後退したのだ。

 その速さはまさしく風の如き速さだった。


「なっ!?」


 それにはシャーロットも驚いた。

 だがその意表を突かれた顔を見ることもなく、ヨアヒムはどんどんと逃げていった。

 同時に、魔法の光弾で味方に撤退の合図を出しながら。


「……うああああああああああああああああっ! クソがクソが逃げやがって! 次は絶対殺してやる……!」


 怒りに満ち剣を何度も地面に叩きつけながら言うシャーロット。

 その表情は見にくく歪んでいた。


「あら、だめよそんなはしたない顔をしては」


 と、そのときだった。

 彼女の背後から声がしたかと思うと、紫のゲートを通って富皇が現れたのだ。


「あ、富皇様!」


 シャーロットは富皇の顔を見るとぱぁっと明るい顔をする。

 まるで母親と会えた子供のようだった。


「そんなに怒ったら、あなたのかわいい顔が台無しよ。ほら、笑って笑って」

「はい、富皇様がそういうなら……!」


 富皇はシャーロットの顔を両手で包み込むように撫でながら言い、撫でられているシャーロットはニッコリと笑みを見せる。

 そこが戦場でなければ、仲睦まじい姉妹にも見えただろう。


「しかしいいのですか富皇様、こちらに来て? 天光と戦っていたはずでは?」

「ああ、それがひどいのよ彼女。あなたのことを聞いた途端、軍を引き上げて撤退していって……どうも新たに軍備を整えたいらしかったけど、私との時間を無視するなんて、ねぇ」

「それはひどいですね。私は一秒でも長く富皇様と一緒にいたいのに……」

「ふふふ、嬉しいことを言ってくれるのね、かわいい子……」


 そう言ってシャーロットの頭を撫でる富皇。

 シャーロットはそれに幸せそうな表情になり、富皇の胸に顔を埋めた。

 富皇はそんな彼女の体を懐き、さらに頭を撫でる。

 死と火の満ちる戦場にはおおよそ似つかわしくない姿が、そこにはあった……。

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