洗脳

 ――シャーロットが連れ去られた直後、魔城にて。


「……ん、あ……?」


 シャーロットは失っていた意識を取り戻し、頭を上げた。


「ここ、は……」


 周囲を確認するシャーロット。まず彼女が気づいたのは、今の彼女が動けないということだった。

 どうやら椅子に両手足を固定されているらしく、わずかに動けど自由は効かなかった。

 そして周囲の風景も彼女にこれといって情報を与えなかった。

 と言うのも、明かりは今彼女が座っている椅子を上から照らすものしかなく、周囲は闇に包まれていたからだ。

 一応その明かりのおかげで彼女が今座っている鉄製であること、床は石床であること、また、椅子から何やら線のようなものが伸びていることだけは分かった。


「目覚めたようね」


 彼女がなんとかして脱出できないかと手足を必至に動かしているそのとき、闇の奥から声が聞こえた。

 その声を、シャーロットは聞き間違える事はなかった。


「宇喜多、富皇……!」

「ええ、この暗がりのなかでよく分かったわね」


 闇の奥から出てくる富皇。

 その姿を見たとき、シャーロットは憎しみをあらわにする。


「私をこんなところに連れてきてどうするつもり!? 一体、何をしようって言うの!?」

「まあ人聞きの悪い。私はただ、確かめたいだけよ」

「確かめたい……? 何をよ」

「勇者の心というものが、どれほど強いものかをね……」


 富皇はシャーロットに近づくと、耳元でささやくように言った。

 その声が非常に不愉快で、シャーロットは体を震わせる。


「私の心、ですって……?」

「ええ、どれだけやればあなたは壊れるのか。それを確かめたいのよ。例えば……」


 富皇はシャーロットから顔を話し、見下ろしながら言う。そして、パチンと指を鳴らした。

 すると、その直後だった。


「っっ!? ああああああああああああああああああああああっ!?」


 椅子に、激しい電流が流れたのだ。

 電流はシャーロットの体を駆け巡り、彼女に耐え難い苦痛を与える。

 電撃は間断なく続き、シャーロットの体を焼いていく。


「そこまで」


 富皇が言う。

 すると、電撃はピタリと止まった。


「あ、ああ……」


 シャーロットはぐたりと頭を下げる。

 あまりの電撃に意識が飛びそうになったが、幸か不幸か彼女の勇者としての肉体、及び精神の強さがそれを許さなかった。


「はぁ……はぁ……」

「ああ、さすがねシャーロットさん。普通の人間なら今ので気を失っているところよ? さすが勇者、体の作りも普通の人間とは違う」

「……あ……ああ……」


 シャーロットはまだちゃんとしゃべれないようだった。

 だが、富皇はお構いなしに喋り続ける。


「これから様々な拷問があなたを襲うわ……電撃だけじゃない、火も水も使うし、いろいろな拷問器具だって用意してある。大丈夫、あなたは死ぬことはないわ。回復魔法の使えるデーモンプリーストが控えているから、危なくなったら回復してあげる。さあ、今日からじっくりと苦痛を楽しみましょう……」

「う……あ……ふざ、けるな……!」


 シャーロットの辛うじて出た言葉がそれだった。

 彼女の瞳は、未だ憎しみの炎に灯されていた。


「ふふふふふ……」


 そんなシャーロットを見て、富皇はまた満足げに笑うのであった。



 それからシャーロットは、様々な拷問を受けた。

 ある日は焼けた鉄を体に押し付けられた。

 ある日は麻袋を被せられ水の中に頭を突っ込まれた。

 ある日は爪という爪をすべて剥がされた。

 常人ならまず耐えられない拷問。どれか一つでも死んでしまってもおかしくない所業。

 シャーロットはそれに耐えた。耐えてしまえていた。

 彼女の勇者としての肉体、そして精神が富皇に屈することを許さなかった。

 だが、同時に彼女の精神は非常に摩耗していった。

 肉体はデーモンプリーストの回復魔法で毎回綺麗に直されるのに対して、心はどんどんとボロボロになっていった。

 シャーロットは毎回ボロボロになりながらも、それでも拷問が終わった後に富皇を睨むのをやめなかった。

 富皇はそのたびに楽しげな笑みを見せ、シャーロットの神経を逆撫でた。

 そうして、拷問が始まってから一週間が経った。



「はぁ……はぁ……」


 シャーロットは一人息を荒げていた。

 繰り返し行われる拷問で耐え難い苦痛を味わい続けた結果だった。


「はぁい。元気?」


 そんな彼女のもとに、再び富皇が現れる。

 相変わらず憎たらしい笑顔で。


「元気なわけ……ないでしょ……!」

「そんな口が聞けるならまだ元気な証拠ね」

「……うるさい。それよりも、さっさと今日の拷問とやらを始めなさいよ。いくらあなたが何をやったって、私を屈服させられないでしょうけどね」

「そうねぇ……」


 すると富皇は、意味ありげに口元を隠すように手を起き、その裏で笑顔を作る。


「今日は、ちょっと趣向を変えてみようかと思うの」


 そう言って富皇は闇の中からあるものを取り出した。それは瓶とコップだった。

 富皇はコップに瓶の中の液体を注いでいく。


「……?」


 シャーロットが何か分からず見ていると、富皇は次の瞬間シャーロットの鼻を押さえ、無理やりそのコップの中身を飲ませた。


「ごっ……!?」


 突然のことに動揺しながらも、なんとか飲まされた液体を吐き出そうとするシャーロット。

 だが、結局液体を半分以上飲んでしまう。


「……っあ! わ、私に何を飲ませたの!?」

「大丈夫、別に死ぬようなクスリとかじゃないわ。そうねぇ……ちょっとしたお酒みたいなものだと思ってちょうだい?」

「お酒……? ぐっ!?」


 途端、シャーロットの視界がぐにゃりと歪んだ。

 激しい頭痛とグラつきが彼女を襲う。


「何がちょっとしたよ……度数いくらよこれ……!」

「ふふ、まあいいじゃない。それよりも、ホラ」


 富皇の声が遠くに、何重にも重なって聞こえる。視界もおぼつかず、目の前の富皇もしっかりと視認することができない。

 その状でありながら、シャーロットは手足が自由になる感覚を得た。

 また、目の前にあるものが置かれたのも分かった。

 それは、剣だった。


「あなたにチャンスを上げる。その状態で、私の首を刎ね飛ばしてみせなさい? そうすれば、あなたは憎い仇を倒すことができる。でも、はずしたときは私の好きなようにさせてもらうわね?」

「……なるほど、いいでしょう!」


 シャーロットはふらつきながらも立ち上がり、幾重にも重なって見える剣をなんとか取る。

 そして――


「だああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 シャーロットは剣を構え、瞬間移動で富皇の前へと出て彼女の首を――刎ねた。

 中に舞う富皇の首。

 その首が、ゆっくりと、あまりにもゆっくりと落ちていく。

 やがて首はシャーロットの顔と並ぶほどに落ちてきた。すると、なんということか。

 刎ねたはずの首が、笑ったのだ。

 笑って、言ったのだ。


「残念でした」


 その言葉が聞こえた瞬間、首は床に落ち、シャーロットの視界は正常になる。そして、まともになった目で彼女が見たものは――


「え……う、嘘……え……あ……ああ……」


 転がる、ハロルドの首だった。


「ああ、あ……」

「あのお酒には強い幻覚効果があってね。あなたが私だと思ったのは、実はあなたの大好きはハロルド君なのでした」


 ニッコリとした富皇が闇の奥から出てきて言う。

 そんな彼女の言葉に、シャーロットは――


「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!??」


 心が壊れる、音を上げた。


「あああ……あああああああ……!? ハロルド……! ハロルド……!? ごめんなさい、私……私……あ、あああ……!?」


 自分の頭を抱え、膝から崩れ落ちて落ちたハロルドの頭に泣きながら謝り続けるシャーロット。

 彼女のこぼす涙は床をポツポツと濡らし、大きなシミを作っていく。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 シャーロットの心が壊れたのは、もう誰から見ても分かることだった。


「……頃合いね、奉政さん」

「……ようやく私の出番か」


 シャーロットを見下ろしながら富皇は奉政の名を呼んだ。

 すると、奉政もまた闇の中から姿を現した。

 そして奉政はブツブツと謝り続けるシャーロットの頭を掴み、目と目を合わせる。

 すると、奉政の瞳が紅く光り、シャーロットの瞳を同じ色に染めた。


「あ……ああああ……」


 シャーロットが声にならない声を上げる。

 そして体をガクガクと震わせながら、パタリと床に倒れた。

 かと思いきや、シャーロットはすぐさま不自然な――まるで人形を無理やり糸で引っ張り上げているような――動きで立ち上がった。

 そして立ち上がったシャーロットは、笑顔で言った。


「洗脳していただきありがとうございます、魔王様方。このシャーロット、これからは魔族の尖兵として粉骨砕身人間達を殺していきたいと思います」


 まるで貼り付けたかのような笑みで言うシャーロットに、富皇は笑みを、そして奉政は溜息をつくのであった。

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