魔王の愉悦

「クククク……ククク……アーッハッハッハッハッハッハッハ!」


 突如光と共に現れた女、豊臣天光。

 彼女の姿にその場にいる殆どのものが言葉を失う中で、富皇は一人大笑いをした。

 富皇の笑いが、戦場に響き渡る。


「まさか、まさかあなたがここで現れるなんてねぇ! しかも私と同じく超常の力を宿して! ああ、運命というのはかくも趣向を凝らしてくれるものなのね……これは、楽しくなりそうね……!」

「誰も貴様のお遊びのために出てきたわけじゃない。むしろ、私は貴様の悪辣な遊びを止めるためにやって来たのだ」


 富皇の言葉に天光が返す。

 その目には、静かながらも明確な敵意の炎が灯っていた。

 天光のその視線に晒され、富皇はとても邪悪な笑みを浮かべる。


「ああ……いいわ、いいわよ……あなたの私に向けるその感情……その敵意が、かつての私を追い詰めた。今度も、あなたは私を追い詰めてくれるのかしら?」

「当然……!」


 そう言った瞬間に天光は懐からあるものを取り出し、富皇に向けた。

 拳銃――S&W M360である。

 彼女はそれを抜き、富皇に向かって二発の銃弾を射撃したのだ。


「っ!」


 富皇はその目にも留まらぬ射撃をなんとか腕で防ぐ。

 が、彼女の腕からはその射撃によりどろりと血が流れたのだ。

 富皇がこの世界に来て初めて負った傷であった。


「富皇っ!」

「宇喜多氏っ!」


 彼女の流血を見た淀美と奉政が駆け寄る。

 一方で、富皇は相変わらずいびつな笑みを浮かべていた。


「クク……ククク……!」


 その笑みに若干の動揺を見せる淀美と奉政。

 二人のそんな姿にも構わず、富皇は笑い続ける。


「ククククク……! ああ、久しぶりね、この痛み……! 獲物に抵抗されて負う傷……! すべてが懐かしい……」

「獲物、か……残念ながら私は貴様の獲物に成り下がる気はないがな」


 天光は富皇に銃を向けながらもゆっくりと後ずさる。

 そして、富皇の方を向いたまま背後にいたシャーロットとヨアヒムに話しかけた。


「今のうちに、逃げてください」

「……へっ!? な、何を言って……」


 突然話しかけられ動揺するシャーロット。しかし、天光はおかまいなしと話し続ける。


「ここで私が時間を稼ぎます。その間に、あなた達は軍を引いてください」

「ちょ、ちょっと待ってよ!? あなた何者よ!? それでいきなり引けだなんて……!」

「今説明してる暇はないんです! 早く!」

「……どうやら、ここは彼女に甘えたほうが良さそうだぞ、シャーロット」


 未だ事態を飲み込めず反論するシャーロットに対し、ヨアヒムが言った。

 ヨアヒムは先に一人冷静になったようで、落ち着いた口調で話す。


「ヨ、ヨアヒム!?」

「どうやら彼女は俺達の味方で、魔王達の敵なのは確かなようだ……ならば、この状況を利用する他あるまい。俺達に今必要なのは、速やかな撤退だ」

「だ、だけど……!」

「シャーロット様!」


 と、そこで更にシャーロットを呼びかける声が聞こえてきた。ハロルドであった。

 彼は彼女達の後方から馬に乗って現れたのだ。


「ハロルド!? どうしてここに……!」

「シャーロット様! 将官達は既に撤退しました! あとは全軍とあなた達を引かせるのみです! ですから、どうか我らと共に撤退を……!」

「……ハロルドが、そう言うなら」


 シャーロットは悔しそうな表情を浮かべながらも頷く。


「……助かったわ、死ぬんじゃないわよ」


 そして、そう天光に言い残すと、三人は富皇に背を向けその場を去っていった。

 だが、三人の後ろ姿を見ながら富皇が「ほう……」と何かを悟ったかのように笑ったのに、三人は気づけなかった。


「よそ見をしている暇はないぞ!」


 意識を三人に向けていた富皇に向かって天光がそう言いながら引き金を引く。


「おっと!」


 銃撃を今度はかわす富皇。

 天光は銃撃を皮切りに富皇に向かって駆けてくる。

 富皇もまた、天光に向かって走る。

 二人はそれぞれ拳を握り、ぶつけ合わせる。

 ぶつかりあった拳により、強烈な衝撃波が発生する。

 衝撃波は戦場を包んできた霧も、そして毒ガスをも吹き飛ばすほどの衝撃を戦場に轟かせた。


「うおっ!?」

「ぐっ!?」


 衝撃波は近くで見ていた淀美と奉政をぐらつかせるほどでもあった。

 それを受け二人は思う。

 ここにいては巻き添えをくらって生きてはいられない、と。

 ゆえに二人は撤退を始めた。軍を率いて。この二人の戦いに巻き込まれては、軍も多大な被害を受けると判断したのだ。

 こうして戦場に残ったのは富皇と天光の二人だけになった。

 二人は激しい速度で、しかし致命打を与えられない殴り合いを繰り広げていた。


「ハハハハハハハハハッ! 楽しいわねぇ天光さん!」

「私はちっともだ、この異常者めっ!」


 二人の殴り合いはずっと続くものかと思われた。

 が、終わりは突如訪れた。

 富皇が急に後方に飛び退いたのだ。


「……どういうつもりだ」


 天光が聞く。彼女の問いに富皇は暗い笑みで答える。


「ここで決着をつけてしまうのは、惜しいと思ってね。どうせならもっと楽しくやりましょう?」

「楽しく、だと……?」

「ええ、私がこの大陸を征服するのが先が、あなたが私達を打倒するのが先か、ゲームといきましょう。フフフフフ、楽しみねぇ、ちょうどこのゲームにも新しい刺激が欲しいと思っていたところなのよ」

「人の命を、ゲームだと……ふざけるなっ!」


 天光は富皇のふざけた態度に怒り銃弾を放つ。

 が、それは当たることはなかった。

 富皇は闇となりその場から消え去ったのだから。


「な……!?」

「また楽しみましょう、天光さん……今度はしっかり私を見つけ出してね?」


 天光が一人残った戦場で、富皇の声だけが響く。

 こうして、王国の命運をかけた戦いは終わった。

 結果は王国が致命的な打撃を負いながらも両軍撤退という形になった。

 それは他でもなく、四人目の勇者である天光の登場によって変えられた結末と言っても良かった。

 だが、富皇の悪意は未だ大陸に蔓延し、人類を脅かし続けている現実は変わらないのであった……。

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