選ばれし者
その日は、ひどい雨だった。
空は夜のように暗く、冷たい雨がフロントガラスを打ち付ける。
風は吹いていなかったものの気温はとても寒く、人の姿はまばらだった。
そんな中、刑事である天光はパトカーの助手席に乗っていた。
理由は、彼女が捕まえた犯人達を運ぶ護送車の護送を見届けるためである。
「嫌な天気ね……」
天光はガラス越しに外を見ながら呟く。
暗い空は雷も落ち始め、いよいよ荒れてきていた。
「ええ、しかしこの天気のせいか道に車が少ないのは助かりましたよ。護送が速やかにすみそうです」
パトカーを運転し護送車を先導している警官が言う。
「ま、そうね。でも最後まで気を抜いちゃいけないわよ。あの護送車に乗っている三人……特に宇喜多富皇には細心の注意を払わないと」
「でも、もう捕まってあの中にいるんですよ? もう何もできないと思いますが……」
「彼女に仲間がいて、襲撃してくる可能性だってあるでしょう。油断しないで」
「はぁ……」
嗜めるように言う天光に、運転している警官はあまりピンとこないと言った様子で答えた。
彼の返事に、天光はつい溜息をつく。
「しかし、凄いですよね豊臣刑事は。まさか“人類史上最悪の殺人鬼”なんて呼ばれるほどの犯人を逮捕するなんて。警察の誇りですよ」
「……そう、かしら」
話題を変えるように話してきた警官の言葉に、富皇は言葉を濁すように返した。
彼女のその返答に、警官は不思議な顔をする。
「どうしたんですか? 何か気になることでも?」
「……彼女、笑ってたのよ」
「え?」
こぼすように言う天光に、警官は思わず聞き返す。
すると天光は窓の外を見ながら語り始めた。
「私が彼女を捕まえられたのは、幸運と言っていい。元から怪しいと思って調べていたけれど、証拠を集められたのは偶然に偶然が重なったようなものだった。でも、それで彼女の犯行を突き止めていざ逮捕しに彼女のところに向かうと、彼女は、笑っていたの。自分が追い詰められているのにも関わらず、ニコニコと。私にはそれが、不気味でならなかったの……」
「…………」
天光の語りに警官は言葉を失うしかなかった。
彼女の語る顔があまりに真に迫っていたため、彼女が感じた異質感を自分も感じているように思えたのだ。
それからしばらくパトカー内は無言になり、静かに護送車を先導し続けた。
聞こえる音は車の駆動音と雨がガラスを叩く音、そして雷鳴だけであり不気味さにあふれていた。
だが、異変は突如として訪れた。
急な爆音と共に、護送車が吹き飛んだのだ。
「なっ、なんだっ!?」
パトカーは爆音の直後に急停止し、二人はパトカーを降りる。
すると、そこにはあったはずの護送車が消えてなくなっていたのだ。道路には、護送車を運転していた者が取り残されたように倒れている。
「ど、どういうこと……!? 一体、何があって……!?」
困惑しながら護送車のあった場所に近づく天光。
そんな彼女に、異変は再び訪れた。
「……っ!?」
彼女の体が光りに包まれはじめたのだ。
「これは……!?」
困惑する天光。
光はどんどんと強くなり、やがて雷鳴と共に激しい稲光が瞬いたかと思うと、天光はその場から消え去っていた。
こうして、護送車に乗った三人の凶悪犯と、一人の刑事が日本から姿を消すことになったのだった。
「……ん」
天光の視界がだんだんとはっきりしてくる。
白一色だった視界が形を持ち、やがて自分が古代ヨーロッパに作られた神殿のような場所にいることを把握する。
「ここは……」
何がなんだか分からず辺りを見回す天光。
『……豊臣天光よ』
と、そのとき、急に彼女の耳に声が聞こえてきた。
人の姿はない。だが、その声は確かに彼女の頭に響いていた。
男と女、子供と老人の声が重なり合った合唱のような声だった。
「っ!? 何者……!?」
『恐れる必要はありません。私は、あなたをここに呼んだものです』
「私をここに……?」
天光は警戒を解かない。が、対話しなければ事態が進展しないことも即座に理解し、相手の出方を待った。
『まずはあなたをここに連れてきたことを詫ます。ですが、どうしてもあなたの力が必要なのです。脅かされる、私の世界にとって』
「あなたの世界……? そもそもあなた……達? は、一体何者ですか」
『私は、あなたから見ての異世界“リベゴッツ”の神です』
「異世界……!?」
唐突なワードに混乱する天光。普段なら鼻で笑っているところだったが、今自分が置かれている状況が状況なためそれを否定することもできなかった。
「……それで、その異世界の神が私に一体何のようですか」
故に、天光は「神」を嘘ではなく本当のことだと前提して話を聞く。
『あなたはとても理性的な方ですね。……実は、今私の世界は魔王によって支配されようとしているのです。魔王、宇喜多富皇によって』
「魔王、宇喜多富皇……!?」
更なる驚きを見せる天光。
自分が捕まえた凶悪犯が魔王と神に呼ばれたのだ。それも仕方がなかった。
『宇喜多富皇は松永淀美、斎藤奉政と共に私の世界にいる魔族の一人によって私の世界に召喚され強力な力を手に入れ魔王となりました。そして今、私の世界を侵食し、私の世界の人間を滅ぼそうとしているのです。あなたには、それを止めてほしいのです』
「……なぜあなたが自らそれをしないのですか。あなたは神なのでしょう?」
天光は思った疑問を口にする。
すると、神の声は悲しげな声色で言う。
『残念ながら、私は自らの世界に直接介入できないのです。できることと言えば、人に力を与えること。そして、こうして別の世界から人を呼ぶことぐらいなのです。そして、今の私の世界の人間では今回の事態に対処できなくなっています。お願いします、どうか魔王を倒し、私の世界を救ってください』
神の声は心から切望しているように、天光には思えた。
だが、天光は首を振った。
「すみません……できることなら、私もあなたに力を貸したい……と思います。ですが、私はただの刑事です。私一人に何ができましょうか」
『大丈夫です、あなたには、私の持てる力すべてを授けましょう。それによりあなたは勇者となり、超常的な力を扱えるようになるでしょう。その資質があるからこそ、私はあなたを選んだのです』
「勇者……」
ファンタジーでしか聞いたことのない言葉に動揺する天光。
だが、少しの間目を閉じて心を落ち着かせた彼女は、答えた。
「……分かった。あなたの願い、聞き届けましょう」
『……本当ですか!』
神の声は嬉しそうだった。そこには、神でありながらも人と近い感情があるのが読み取れた。
「彼女……宇喜多富皇が他の世界でも多くの人を苦しめているというのなら、刑事としてそれは見過ごせない。私の手でそれを止める義務が、私にはある。そう思えるのです。だから異世界の神よ、あなたの申し出を受けましょう」
『ありがとうございます……では、あなたに力を授け、あなたを私の世界に送りましょう……時間の歪みにより、既に私の世界ではかなりの時間が経っています。ですがまだ、彼女を止められるはずです。さあ、受け取ってください。私の、すべての力を……!』
その言葉と共に、天光の体が再び光に包まれる。
光はとても暖かく、心が穏やかになっていくのを感じた。
そして同時に直感する。自分が力を得ていくのを。異世界の知識を得ていくのを。力の使い方を。
「……なるほど、だいたいは理解しました」
天光は自分の手を見つめながら言う。
そうして彼女は瞳を閉じると、その神殿から姿を消した。そして瞳を開いた次の瞬間には、彼女は空中にいた。
眼下には、富皇達と今まさに追い詰められている勇者達の姿が見える。
天光はそこに、光となって降り立った。
そして、これから倒すべき、かつて自分が捕まえた女達を睨み告げる。自分に与えられた使命を。刑事としての覚悟を。
「宇喜多富皇、松永淀美、斎藤奉政……貴様らの悪行、この天光が四人目の勇者として今度こそ断ってみせよう!」
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