犠牲、そして――

「くっ……厄介な……!」


 ヨアヒムが額から汗を流しながら言う。

 彼の言う通り、状況は完全に人類側に不利となっていた。

 人類側で魔軍に打撃を与えていた帝国兵はその大多数が毒ガスによって命を落とし、魔軍が盛り返しつつある。

 逆に魔軍は毒ガスの範囲外からの銃撃や、スケルトンなど肉体を持たない魔族が毒ガスの中から襲撃してくるため、さらに勢いづいていた。

 状況はもはや決した。ゆえに撤退しなければいけないが、魔族がそれを許してくれるとは思わない。ゆえにそのためには勇者であるヨアヒム達が前線に出るしか無い。

 だが、富皇がそれをさせなかった。


「ふふふ、他の部隊を助けにいきたいんでしょうけど、そうはいかないわよ。あなた達には私を楽しませるという役目があるのだから」


 富皇は相変わらず笑みを湛えて勇者達を見ている。

 彼女のその笑みは、彼らを絶対に逃さないという意思表示でもあった。


「逃しちゃ、くれないってことか……!」

「しょうがない……ここでこいつを倒すわよ、二人共っ!」

「そうするしか、ねぇか……!」


 決意を固める三人。

 そんな勇者達を見て、富皇は昂ぶる。


「ああ……いいわ、その意気よ、あなた達。越えられない障害に向かってなお立ち向かうその姿、美しいわ……!」

「何が越えられないだ! 俺達は、ここでお前を――」


 ヨアヒムが叫んだ、その瞬間だった。

 富皇が勢いよく手を前に突き出したかと思うと、三人の体が思い切り吹き飛ばされたのだ。


「ぐっ!?」

「きゃっ!?」

「がっ!?」


 飛ばされた三人はバラバラの方向に吹き飛ぶ。

 三人は、そうして距離を離されてしまった。


「あなた達三人は確かに揃っていれば厄介な相手だけれど……一人一人を相手にすれば、そうでもないわよね?」

「なん、だと……!」


 いち早く立ち上がるエマニュエル。

 そんな彼の元に、富皇がものすごい速さで飛んでくる。


「っ!?」

「そうね、まずはタフなあなたから弄んであげる」


 富皇はそうしてエマニュエルと戦闘を始める。

 彼女の一撃一撃は重く、疲弊したエマニュエルにとってはよりダメージを蓄積させられた。


「まずい、エマニュエルを助けるぞっ!」

「ええっ!」


 やっと立ち上がったヨアヒムとシャーロットはエマニュエルを助けようとする。

 が、


「そうわさせないわよ……淀美さんっ! 奉政さんっ!」

「おうよっ!」

「まったく……しかたがないが、これも勇者を一網打尽にするチャンスか」


 富皇が声高らかに叫ぶと、いつの間にか軍勢を率いてやってきていた淀美と奉政が現れたのだ。


「オラオラオラオラオラッ!」

「私には戦闘能力はないのでね……兵を使わせてもらおう。行け、ゾンビ兵達よ!」


 淀美は航空兵を率いながらも召喚した自動小銃でシャーロットを狙い、奉政は前に出ずこの戦場で死んだ兵士達をゾンビに変えてヨアヒムに襲いかからせる。


「くっ、あの高度じゃ、瞬間移動でも届かない……!」

「なんて数だ……しかも死んだ兵とはなんと冒涜的な……!」


 空からの奇襲に、シャーロットは怯み、ヨアヒムは質量に手間取らされる。

 こうして二人はエマニュエルを助けに行くことができず、結果エマニュエルは富皇との一対一の戦いを強いられる。


「そらそらっ! どうしたのかしら、自慢の身体強化はっ!」

「くっ、やってるっつの……!」


 だんだんと押されていくエマニュエル。

 逆に無尽蔵のスタミナとしか思えない激しい動きでエマニュエルを追い詰める富皇。

 二人の実力差は歴然であった。

 押されていくのは彼だけではない。

 シャーロットも、ヨアヒムも徐々に追い詰められていた。


「はぁ……はぁ……! 避けるので精一杯なんて……!」

「ぐ……思いの外厄介だな、ゾンビというものは……!」


 ――このままでは負ける。

 三人の頭にそんな考えがよぎった。

 ゆけに、行動に出たものがいた。それは――


「――はあああああああああああああああああああああああっ!」


 エマニュエルだった。エマニュエルは、吠えた。


「っ!」


 同時に、彼の体と武器が今までにない強い光に包まれた。更にその発光と共に強烈な衝撃波が発せられ富皇を軽く吹き飛ばす。

 彼のその姿に、ヨアヒムとシャーロットは目を見開く。


「あいつ、まさか……!?」

「死ぬ気……!?」

「……へぇ」


 富皇がその姿により楽しげな笑顔を浮かべた。

 それは、これからのエマニュエルの攻撃が命をかけた、捨て身の攻撃であることを悟ったからに他ならなかった。


「お前はっ! 俺の全身全霊を持って倒すっ! うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 さらに吠えるエマニュエル。より光が強くなり、彼が立っている場所に地割れが起こる。

 が、同時にエマニュエルの目や口、鼻から血が垂れてくる。

 明らかに、彼の体に異常が起きているサインであった。


「だめよっ、エマニュエルっ!」


 思わず叫ぶシャーロット。

 だが、エマニュエルはそんな彼女に寂しげな笑みを見せる。


「……悪いな、ここは年長者らしく、かっこつけさせてくれや……それと、ばーさんの事、頼んだぞ」


 シャーロットとヨアヒムは察する。

 それが、彼にとっての最後の言葉であることを。

 二人の脳裏に記憶が蘇る。

 英雄の末裔として勇者としての使命を受けた三人。

 それぞれ国は違いながらも、交流を深めていった幼少期。

 楽しく笑いながらもお互いに研鑽し合った日々。

 生まれと守る国は違えど、心は一つと誓った日。

 数々の思い出が流星のように流れては消えていく。まるで、走馬灯の如く――


「でぃやあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 そんな一瞬の過去は、鮮烈な現在いまによって塗り替えられる。

 エマニュエルが、激しい光の激流となって富皇に突撃したのである。


「エマニュエルうううううううううううううううううううっ!」


 シャーロットが叫ぶ。

 その瞬間、エマニュエルは富皇と衝突し、激しい爆発を引き起こした。その爆発は、ゾンビ兵や淀美の率いていた航空兵をも吹き飛ばす。

 ――一瞬の静寂。

 その場にいた誰しもが、言葉を失う。

 爆心地で大きな煙が立ち込め、二人の生存は定かではない。

 やがて煙がゆっくりと晴れていく。

 そこに、立っていたのは――


「――、クク、クフフフフフフ」


 富皇だった。

 薄暗い笑みを見せる、富皇であった。

 エマニュエルは、血だるまになって彼女の前に倒れていた。


「あ……あああ……」

「くっ……!」


 シャーロットが絶望的な表情をし、ヨアヒムがぎゅっと目をつむりながら顔を反らす。


「驚かせやがって……」

「まったく心臓に悪い……」


 一方で、淀美と奉政はほっとした様子を見せる。


「フフフフフフ、アーッハハハハハハハハハハハハ! 命がけの一撃だったようだけれど、残念だったわねぇ! 所詮、この私には及ばないのよ……まったく、つまらない男ね」


 笑っていた富皇の顔から、ふっと笑顔が消えた。

 その冷たい表情に、その場にいた全員が凍りつく。

 今まで見せたこともない富皇の冷酷な顔。それの意味するところを、誰も分からなかった。


「つまらない。ああ、つまらない……私をがっかりさせた罪は、重いわ」


 そして富皇は足を上げる。それの意味するところを、全員が理解した。


「やっ、やめてええええええええええええええええええええええっ!」


 シャーロットは叫ぶ。そこまでする必要はない。そう言わんばかりに。

 だが――


「ふんっ!」


 遅かった。

 富皇は、エマニュエルの頭を踏み潰し、破裂させたのだ。


「ああ……っ!」

「ぐうっ……!」


 絶望で膝をつくシャーロット。怒りで唇を噛むヨアヒム。

 だが、富皇は次の瞬間、すぐさまいつもの笑顔に戻る。


「さて、あなた達は楽しませてくれるのよね……?」


 二人に向かって歩き始める富皇。

 対して、戻ってきた航空兵やゾンビ兵に囲まれるシャーロットとヨアヒム。

 状況は、さらに絶望的になっていた。

 ――ああ、このまま私達はここで……。

 シャーロットがうつむきながらそんなことを考え、絶望に飲み込まれそうになる。


「悪いが、そうはさせない」


 その瞬間だった。

 突如、二人の目の前で銀色の爆発が起きた。

 それはゾンビ兵も、航空兵をも倒し、近寄っていた富皇の足を止めた。

 何事かと爆発の方を見る二人。

 すると、そこには一人の女が膝をついて着地しているようだった。どうやらその爆発は着地のときの爆発らしい。

 その女は、黒髪だった。黒髪を後ろでまとめているポニーテールで、格好は白いコートに黒のスーツ、手には指ぬきグローブという、リベゴッツではみないような格好だった。

 やがて、その女が立ち上がる。背はシャーロット達が思ったよりも高く、背中はたくましく見えた。

 一体、この女は誰なのか? 二人がそう思っている一方で、淀美、奉政、そして更に富皇までが驚いた表情を見せていた。


「お前、は……!?」

「そんな、バカな……!?」


 驚愕と動揺の言葉を口にする淀美と奉政。

 一方で、富皇はと言うと――


「――…………クク、クククク……アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 今までにないほどに、嬉しそうに笑い始めた。大口を空け、下品な顔で。

 それはそれは楽しそうに。


「まさか、まさかこんなところに、こんなところに私達を捕まえた刑事・・・・・・・・・が出てくるとはねぇっ! なぁ、豊臣天光とよとみてんこうッッ!!!!」


 豊臣天光。

 そう呼ばれた彼女は、茶色の瞳で三人を睨み、言った。


「宇喜多富皇、松永淀美、斎藤奉政……貴様らの悪行、この天光が四人目の勇者として今度こそ断ってみせよう!」


 天光はそう言い、右手で三人を指差すのであった。

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