ヴィオネの戦い

 ヴィオネ領は豊かな水源に恵まれた土地である。

 山々から流れる河川は美しく綺麗な水を麓の街々に届け、いくつもある湖畔の側にも人々が暮らしを営んでいる。

 また、地形が盆地なため霧が発生しやすくとりわけ朝はよく朝霧に包まれる場所でもある。

 普段は観光地としても有名なその場所に、二つの大軍勢が並び立っていた。

 一つは王国軍。川の向こう側に陣を敷き、敵の軍勢に対し備えている。

 もう一つは魔軍。大量のスケルトン兵がその足で渡河しつつあり、上空を竜騎兵が舞っている。

 これから両軍がぶつかり合おうとしている広大な盆地は王国首都に繋がる最終防衛ラインである。

 ここを落とせば魔軍はそのまま首都イラムに流れ込み、逆に王国軍が防げば攻勢に転ぜられる可能性が出てくる。

 まさに王国の命運をかけた一大決戦である。

 その戦いの火蓋が今、スケルトン軍団が渡河しきることで切って落とされた。



「航空騎竜隊、攻撃開始ぃー!」


 まず先陣を切ったのは淀美率いる騎竜隊である。

 爆弾を乗せた騎竜が次々に王国軍の先陣に向かって降下していく。


「敵騎竜が来たぞ! 対空弓兵! 対空魔法兵! 攻撃開始!」


 降りてくる騎竜に対し、次々と矢と空中で炸裂する爆発魔法の雨が浴びせかけられる。


「ぐぎっ!?」

「ぎゃっ!?」


 それにより、爆弾を落とそうとしていた騎竜達がどんどんと落ちていく。


「ちぃ! 一旦上昇!」


 淀美はその状況に舌打ちをしながら降下していた騎竜隊を上昇させる。


「さすがにさんざんやられてきたからか対空攻撃を厚くしてきたか! 面白れぇ! 地上部隊に支援要請!」

「ぎぃ!」


 淀美の命令を受けグレムリンの一匹が照明弾を空に上げる。

 照明弾は霧の中で燦然と赤色に輝いていた。

 それを見て、陣にいた奉政が頷く。


「やはり支援要請が来たか。あれほど空軍で暴れていれば当然だろうな。ジル、援護を出してやれ」

「はっ、了解しました。行きなさい、ワーム達よ!」


 人外魔族を統括するジルの命令で、多くのワームが地底を地響き鳴らしながら行く。


「この地響き……ワームだ! 魔法防壁隊!」


 しかし、それも王国軍は予測済みであった。

 何人かの魔法兵が地面に向かって両手を突き合わせる。

 すると、そこに光が輝く魔法陣が現れたかと思うと、ワームが地表に上がってきたのだ。


「GAAAAAAAAAAAAAAA!」

「よし、地下に防壁を貼る魔法がうまく言ったようだ! 前衛、ワームに攻撃せよ!」


 王国軍兵士が地表に上がってきたワームに攻撃する。

 ワームは次々と地面に大きな音を立て、湿地帯に水しぶきをあげながら倒れていく。


「ふうん。王国の人間も、流石にバカじゃなかったようね」


 富皇が言う。

 彼女は相変わらず余裕の笑みだ。


「やはり純粋な力押しだけでは無理があるか。ならば手法を変えるのみよ。ガルバ、グリス。騎兵隊とウェアウルフ隊で敵の両翼を付け。挟撃するのだ」

「はっ!」

「かしこまりました!」


 指示を出されたガルバとグリスはそれぞれ部隊を率いて出陣する。

 両者はそれぞれ機動力を活かし高速で王国軍を挟撃しようと動き始める。


「ここからが正念場だ! 全軍! 構えーっ!」


 それに対し、王国の兵は盾と槍を構え、迎え撃つ姿勢を取る。


「一斉射撃! 撃てぇ!」


 ガルバの声が轟く。

 それに合わせて、騎兵隊とウェアウルフ隊がそれぞれ走りながら銃撃を行う。


「ぐっ!?」

「がはっ!?」


 銃弾は盾を、鎧を抜き次々に兵士達を倒していく。

 さらに正面からのスケルトン兵が数で攻めてくる。同じく、スケルトン兵の銃撃で兵達は倒れていく。

 それに対応しようと弓兵および魔法兵が地上に標的を向けようとすると、今度は再び騎竜隊が地表を狙う。


「高高度から爆弾を落とせっ! 命中精度が下がるが奴らは手出しできなくなるっ!」


 淀美の指示通り、騎竜隊は高高度から爆弾を落とし始める。

 結果、着弾はズレが生じたものの、ある程度の効果が地表の王国兵に見られた。


「ぐうっ!? あの高度では弓が届かん……! 辛うじて魔法は届くが効果があるかどうか……!」


 渋面を作る王国兵。

 しかし渋い顔で笑っているのは淀美もだった。


「ちっ、部隊の爆弾が切れたか。確実に対空兵を潰すまではこっちはサポートに回るしかないな。よし、敵陣形を書き起こせ! 情報を逐一前線に伝えるんだ!」

「ぎぎ!」


 淀美の言葉を忠実に実行しはじめるグレムリン達。

 そうして戦況は、徐々にだが魔族側に傾き始めてきた。


「やはり地力の差が出るか……! 数は僅かにこちらが勝っていたのだが……」

「だったら、その力の差を埋めてくればいいんだろう?」


 眉間に皺を寄せる王国の将軍に、そういう者がいた。

 エマニュエルである。彼の横にはシャーロット、そして彼女の側にはハロルドもいた。


「頼めますか、勇者様方……!」

「ああ、任せろって! なぁ、シャーロット!」

「……ええ」


 笑顔でシャーロットの肩を叩くエマニュエルに対し、シャーロットはあくまで冷たい顔で答える。

 だが、エマニュエルは気にしないといった様子でガハハと笑った。


「ハハハ! まったく、緊張でもしてんのか? そんなんじゃ、あいつらに負けちまうぜ?」

「……負ける気など、毛頭ない」

「よし、その意気だ。よっしゃ、前線へ出るぞ!」

「……そうね」


 そうして二人が出ようとした、そのときだった。


「待ってください! 俺も一緒に……!」


 ハロルドがシャーロットに言ったのだ。だが、彼女は首を横に振った。


「だめよ、あなたはここに残りなさい」

「ですが、俺だって兵士です……! 俺も魔族と……!」

「あなた一人来たところで何かが変わるわけでもないわ。それよりもあなたはもしものときのためにここで将軍を守って。指揮官を取られたら、それこそ私達の負けだから」

「……はい」


 シャーロットは振り向かずにハロルドを言いくるめる。

 ハロルドは理詰めで来るシャーロットの言葉に頷くしかなかった。


「それじゃあ今度こそ……行くわよ」

「ああ!」


 そして二人は最前線へと駆けていった。疾風の如き速さで。


「……お前も、優しいところあるじゃんか」

「は?」


 その途中、エマニュエルが笑いながら言った。シャーロットは何のことだか分からず聞き返す。


「お前、あの兵士のことが大切で傷つけたくなかったからあんなこと言ったんだろ? まったく、あの跳ねっ返り娘がいつの間にか色づきやがって」

「は、はぁ!? そんなことないし! 全然違うし!」

「分かってる分かってる! そういうことにしてやるって!」

「だから違うってー!」


 シャーロットは顔を真っ赤に、エマニュエルはカラカラと笑いながら最前線へたどり着く。


「あの坊やのためにも、しっかりと生きて帰らなきゃなぁっ、っと!」


 エマニュエルは前線でシャーロットにそう言いながら光り輝く斧を振るう。

 その斧により、魔軍のスケルトン兵や騎兵が次々となぎ倒されていく。


「その言い方は気に入らないけど、生きて帰るのは、同意っ!」


 シャーロットもまた、瞬間移動を駆使し次々に全然の魔族を斬り倒していく。


「俺がいないとばーさんが悲しむからなっ! しっかりと! こいつらぶっ倒さねぇと!」

「だからっ! 女王陛下にっ! ばーさんはないでしょっ!」


 二人はまるで日常会話をするように話ながらも魔軍の兵を斬っていく。

 その勢いは、劣勢に追い込まれていた王国軍を盛り返させるほどであった。


「いくぞーっ! 勇者様に続けぇーっ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 王国軍の兵士が勇気を取り戻し突進していく。

 その勢いに前線を務めていたスケルトン兵が押され始める。

 戦いの趨勢が分からなくなってきた、そのときだった。


「面白いわね、私も混ぜて?」

『っ!?』


 突然どこからともなく声がしたのだ。その声色を、二人はよく知っていた。


「宇喜多……!」

「富皇……っ!」

「正解。よろしくね、ふたりとも」


 二人の前に突如、紫のゲートをくぐって富皇が現れたのだ。

 人を馬鹿にしたような笑みを浮かべた彼女が、来たのだ。

 戦いは突如山場を迎える事になった。

 勇者二人と魔王の対峙。

 その戦いによって。

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