軋轢と本音
――ヴィオネ領、第一防衛線。
女王のいる首都イラムと魔族の侵攻ラインの間にあるヴィオネ領では、首都に敵を近づけさせないがために国中から兵が集められ防衛線が築かれていた。
その中にはもちろん勇者であるエマニュエルとシャーロットの姿もあった。
だが、彼らに対する目はそれぞれでまったく別のものになっていた。
「エマニュエル様! 防壁の構築、終了しました! これでいつ敵が来ても大丈夫です!」
「よくやった、各員十分警戒しながらも交代して休息を取れ。これからのために休めるときに休んどけよ」
「はい!」
エマニュエルに対する兵士達の目はより強い羨望と期待になっていた。
それは、先のサルナーヴ領での戦いで、彼が最善の働きをしたことに起因する。
魔王と互角の戦いをし、かつ戦況が悪化したときには兵士や民の命を優先して動いたその姿は、まさに理想の勇者と兵士達には映ったのだ。
よってエマニュエルの評価は兵士達の中では大きく上がっていた。
だが一方で、もう一人の勇者であるシャーロットは違っていた。
「…………」
無言で陣営を歩くシャーロット。
彼女に向けられる目は、冷たい。
「おい、シャーロット様だぞ……」
「モラン領での戦いでは、兵士の命を使い捨てにしたとか……おっかねぇ……」
シャーロットがモラン領の戦いで見せた、魔族の討伐のみを優先とするその姿は生き残りの兵士によって伝えられ、どんどんと悪評が伝わっていったのだ。
勇者シャーロットは他者の命に冷たい。
兵士達にはそう認識され始めていた。
「おうシャーロット、お互い生き延びられたようだな」
「……エマニュエル」
そんな彼女にも、エマニュエルの態度は変わらなかった。変わらずに陽気な笑顔をシャーロットに向けてくる。
「そんな怖い顔してると、幸運が逃げてくぞ? もっと笑えよ。そのほうがかわいいんだから」
「……あいにく、笑っているような気分じゃないの。放っておいてくれるかしら?」
だが、そんなエマニュエルにもシャーロットは冷たい態度を取る。
眉間に皺を寄せ、言葉の節々に棘を感じる物言いをする。
「そうはいかねぇよ。お前がそんな調子だと、兵士達が怯えてしかたねぇんだ。勇者なら勇者らしく、もっとどーんと構えてようぜ」
「……善処するわ」
シャーロットは突き返すようにそう言うと、エマニュエルの側を離れていった。
残された彼は、苦笑しながらやれやれと言った様子で肩をすくめるのであった。
「はぁ……」
夕方。シャーロットは陣地にある砦にある彼女にあてがわれた部屋で、椅子に座って一人溜息をつく。
テーブルの上に置かれたランプが彼女の物憂げな顔を照らす。
それは先程までの張り詰めたシャーロットとはまた別の姿であった。
「私は……どうすれば……」
「シャーロット様」
彼女が弱々しい口調で呟いたとき、ノックと共に外から声がした。
シャーロットはその声を聞くと、すぐさま落ち込み気味だった背筋をすっと伸ばし、顔も厳しいものにして声の方を向いた。
「誰かしら?」
「俺です、ハロルドです。入ってもよろしいでしょうか?」
「……ああ、あなた。良いわよ、入っても」
シャーロットは相手がハロルドだと分かると体から緊張が抜けていった。
そして部屋に入ってきた彼を柔和な笑顔で迎える。
「いらっしゃいハロルド。どうしたのかしら?」
「いえ、陣地でシャーロット様の姿を見かけたとき、だいぶ思い詰めてらっしゃったようなので、少し心配で……」
「そう……心配かけたわね。せっかく来たのだし、座りなさい」
「はっ」
シャーロットはハロルドを椅子に座らせる。
そして、彼女もまた向かい合うように座った。
「私って……バカよね」
「え?」
そこでシャーロットはポツリとこぼす。
彼女は小さな声で言ったために、思わずハロルドは聞き返した。
「バカなのよ、私は。戦場に出ると魔族への憎しみが膨れ上がって、周りが見えなくなるの。それで、いたずらに兵を消費してしまう……こんな私が怖がられるのは当然よね。この前の戦いも、あなたの言葉がなければ危なかった……」
「……それが、陣地であんな気を張り詰めていた理由ですか」
「ええ、そうよ。私が人の死を寄せるなら、せめてみんな私から離れておけばいい。そう思ってね。でも、それはそれとして周囲の和を見出してしまうのだから、どうしようもないわよね」
寂しげに自嘲しながら語るシャーロット。
そんな彼女を見て、ハロルドは胸の内から熱い感情が上ってくるのを感じた。
彼女と共にいたい、彼女を支えたい、と。
「……シャーロット様!」
そう思ったとき、彼の体は動いていた。
ぎゅっと、彼女を抱きしめていた。
「……え? ハロルド……?」
「あなたは一人なんかじゃありません! 俺が、俺がいます! あなたが誰からも理解されなくても、この俺があなたを理解しています! だから、だからそんな寂しげな顔をしないでください……!」
「ハロルド……」
「……あっ!?」
ハロルドはそこで自分が彼女を抱きしめていたことに気づき、ばっと飛び退く。
そして、顔を真っ赤にし口を開く。
「そっ、その! 今のはちょっと勢いというか、いや言ったことは正直な気持ちなんですけど抱きついたことは完全に勢い余ってというかなんというか……!」
「……ハロルド」
と、彼が慌てていると、シャーロットは立ち上がり、今度は彼女がハロルドを抱き返した。
「えっ!? シャーロット様……!?」
「ありがとう。あなたの気持ち、とても嬉しいわ。私、あなたがいるから戦えるのかも知れない。だからお願い……ずっと私と一緒にいて……」
シャーロットはぎゅっとハロルドを抱く腕に力を入れる。
ハロルドは最初それに慌てながらも、やがてそっと抱き返した。
そして思う。
彼女はもしかしたらただ自分に依存しているだけなのかもしれない。でも、それでもいい。自分が彼女の力になれるのなら、力になれるのが自分しかいないのならば、それでも……同じ教国の生き残りとして、やれることを……!
「シャーロット様……」
「……ねぇ、様を付けずに、シャーロットって呼んで。あのときみたいに……」
シャーロットが言っているのは戦場で彼女を叱咤したときのことだろうとハロルドは思った。
それを否定する理由はない。むしろ、それで彼女の支えになれるのなら――
「……シャーロット」
ハロルドはそう思い、彼女の名を口にした。
「……ハロルド……!」
やがて、二人は唇を合わせていた。
そっと、ただ重なり合わせるだけのキスだったが、その感触はとても柔らかく、熱いものだと二人が感じていた。
二人の夜は、始まったばかりだ。
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