それぞれの決着

「……しかし、驚いたな」


 エマニュエルは、対峙している富皇に向かって言った。


「あら、何がかしら?」

「いや、魔王さんが女だってことは聞いていたが、こうして見ると本当に俺達人間と何も変わらねぇなってな。その仮面の裏にもしかしたら化け物としての顔があるのかもしれねぇが、今の所見た感じじゃただの人間が仮面被ってるのと一緒だ」

「ふふ、そうね。あなた案外いい観察眼をしているじゃないの」


 エマニュエルの言葉にくすくすと笑う富皇。

 対するエマニュエルも不敵に笑いを返す。


「ふっ、まあな。俺様はこれでもそういうとこには勘が働くんでね。とは言え、手は抜かねぇよ。あのシャーロットが負けた相手だ。俺が手を抜けるわけもねぇ」

「そう。ならば、その全力を私にぶつけてみなさい。王国の勇者を」

「……言われずともっ!」


 その言葉をきっかけに、エマニュエルが動いた。

 シャーロットほどの速さはなく、あくまで人間の範疇の速さと言った感じだと富皇は思った。


「さて、まずは小手調べ」


 そんな彼に、富皇は右手に持ったM1911で射撃を行う。

 だが、エマニュエルはその弾丸を体に緑の光をまとわせたかと思うとすべて弾いた。


「はっ! 効かねぇなぁ!」

「あらまあこれは」


 富皇は少し驚いたような顔をする。

 そんな彼女に構わず、エマニュエルは突撃してくる。

 エマニュエルは富皇まで武器が届く距離まで近づくと、両手に持った斧を思い切り振る。

 するとその斧の帯びている光が強さを増し、一つの大きな斧の形を取る。

 光自体が斧になったのだ。

 富皇はその光の斧の攻撃を避ける。

 縦に振られた光の斧は、地面に深々と刺さり大きな地割れを起こした。


「なるほど。なかなかの火力ね……察するにあなたの力は、自身の攻撃力と防御力の強化、といった感じかしら?」

「へぇ、頭の回る魔王様だな。そうだぜ。俺の力は光を纏い、それを力に変えることだ。俺の前じゃ、どんな強力な攻撃も、どんな硬い盾も、意味をなさねぇよ」

「なるほど……親近感を覚える力ね」

「何?」


 富皇の言葉に、エマニュエルはピクリと眉毛を動かす。片や富皇は余裕を持ったまま言い続ける。


「私も、あなたと似た力を持っている、ってことよ……!」


 そこで富皇は、目にも留まらぬ速さでエマニュエルの懐に潜り込むと彼の腹を思い切り蹴り飛ばした。


「ぐっ……!?」


 エマニュエルは後方に大きく吹き飛ばされる。

 そして地面に付きそうになったところで、足を踏ん張って地面に擦りつけなんとか転げるのを防ぐ。


「くぅ……効いたぜぇ、なんつう蹴りだ。この俺が痛みを感じるとはな……!」

「今の一撃、普通の人間どころか魔族でさえぐちゃぐちゃになっててもおかしくなかったのだけれど……まったく勇者というのは規格外な存在ね」

「お前に言われたかねぇ、よっ!」


 エマニュエルが再び駆ける。突進してくるエマニュエルを待ち構える富皇。

 そんな富皇に光をまとわせた斧で連撃を浴びせかけるエマニュエル。

 だが彼の攻撃はことごとく空を切り、逆に富皇の重い一撃がエマニュエルを襲う。しかしエマニュエルも今度は防御に力を回しているのか吹き飛ばされることなく、その場で踏みとどまり攻撃を繰り返す。

 避けられる攻撃と当たっても有効打にならない攻撃。

 その応酬が繰り広げられた。

 エマニュエルがいくら旋風を巻き起こす斧を奮っても、地面を下す振り下ろしをしても富皇には当たらない。

 富皇がいくら他の生き物を粉砕してしまうほどの蹴りや拳をぶつけても、エマニュエルは顔を歪めるだけで耐える。

 お互いの攻撃は決め手の欠けた果てしない攻防に思えた。


「まったく、随分とタフね。そろそろ音を上げたら?」

「そっちこそ、とっとと諦めて俺の一撃を喰らいやがれ……!」


 二人はそんな言葉を交わす。

 富皇もエマニュエルも、不敵な笑みを浮かべたまま。

 このまま戦いは続くものかと思われた。

 だが、終わりは唐突に訪れた。


「エマニュエル様っ!」


 一人の兵士がエマニュエルのところに駆けてきたのだ。何か非常に焦った様子で、である。


「危ねぇぞ! 近づくんじゃねぇ!」

「それが……都市が落とされました!」

「何だとっ……!?」


 エマニュエルは驚愕し攻撃の手が止まる。そこを富皇は逃さなかった。


「はあっ!」


 富皇は大胆な回し蹴りをする。


「ぐっ!?」


 それにエマニュエルは吹き飛ばされ、駆けてきた兵士のところまで後ずさる。


「エマニュエル様!?」

「大丈夫だ……それより、都市が落ちたって……」

「ああ、もう彼らは落としたのね。案外早かったわね」

「魔王……お前、最初から……!」


 エマニュエルが富皇を睨む。富皇はそれに変わらぬ笑みで答えた。


「ええ、元々この作戦は挟撃の予定だったのよ。それがあなたの登場により挟撃は成せなかったのだけれど……片方の四将率いる部隊だけでも都市は落とせたみたいね」

「ちっ……まんまとハメられたってわけか……」


 悔しそうに歯を噛みしめるエマニュエル。そして、彼はやって来た兵に聞く。


「おい、残存兵力や民間人はどれだけ残ってる」

「はっ、兵力は半分削られ、民間人も多くが取り残されています……!」

「そうか……おい魔王! この勝負預けたぜ!」

「あら、逃げるの?」


 富皇がとぼけた顔で聞く。そんな彼女にエマニュエルは吐き捨てるような厳しい笑みで返す。


「はっ! 悪いが、こっちは人の命を大事にしてるんでね! 助けられる命があるなら、お前なんかにかまってる場合じゃねぇんだよ。俺にはまだ、救える命がある……!」


 エマニュエルはそう言うと、地面に向かって思い切り斧を叩きつける。

 すると大量の砂塵が舞い起こり、エマニュエル達の姿を隠す。

 そして砂塵が消えたかと思うと、兵士とエマニュエルの姿は消えてなくなっていた。


「ふむ、案外冷静な判断ができる男ね……油断ならないわ。これからが楽しみ」


 彼女の後方に控えた軍勢と共に残された富皇は、そう言ってくつくつと笑うのであった。



   ◇◆◇◆◇



「でいやああああああああああああああっ!」


 シャーロットは目にも留まらぬ速さで瞬間移動しながら次々と前方のゾンビ達を狩っていく。

 彼女に続いたハロルドを始めとした一般兵達も果敢に敵に立ち向かっていく。

 彼女らはまるでひとつの塊のように並み居る敵をかき分け前方に進んでいた。


「魔族はすべて私が斬る……!」

「うおおおおおおお! 勇者様に続けえええええええっ!」


 叫ぶシャーロット。それに呼応し吠える兵士達。


「アイツらを勢いづかせるなっ! 吹き飛ばしてしまえっ!」


 そんな彼女らに攻撃を浴びせかける、淀美達空軍。

 無慈悲な爆弾が彼女達を狙う。


「うわあああああああああっ!」

「シャーロット様! 兵が次々にやられていますっ!」

「気に留めるなっ! 私達はあくまで敵を殺す一筋の刃となるのよっ!」


 シャーロットはハロルドの言葉にそう返すほどに味方の被害を気にしていなかった。

 目の前の敵が倒せれば、それでいい。

 彼女のそうした考えがひしひしと伝わってくる戦い方だった。


「淀美様! 爆弾、尽きました!」


 一方で、淀美達もずっと一方的な攻撃ができるというわけではなかった。

 当然騎竜に積める武器には限りがある。それが、シャーロットらの自らの犠牲を厭わない攻撃によって尽きてしまったのだ。


「ちっ! 面倒な……爆弾が尽きたなら銃弾を浴びせろ! 銃弾が尽きたなら腰に刺した剣を振るえ! 奴らを奉政のところまで近づけるなっ!」


 淀美の言葉に従い地表に接近し攻撃を始める騎竜隊。

 が、それをシャーロットは逃さなかった。


「そこっ!」


 攻撃するために高度を下げてきた敵騎竜を、シャーロットは瞬間移動で上空に上がり斬り落としたのだ。


「ぐげっ!?」


 竜ごと真っ二つにされるグレムリン達。

 そうやって襲いかかってくる騎竜達を落としながらも、シャーロットは進行スピードを緩めない。


「進め進め! 取るはこの先の指揮官の首よっ!」


 そうして突撃していくシャーロット。それに必死で食らいついていく兵士達。

 彼女の進撃は自分達の命をまったく勘定に含めていなかった。


「くっ、なんて気迫……! これが勇者かっ……!」


 彼女らのその勢いに、さすがの淀美も気圧される。

 彼女自身は召喚した自動小銃で安全圏から掃射できるとは言え、距離があれば弾がバラけることから有効打をなかなか与えられずに居た。

 とは言え、近づけば先程のグレムリン達のようにシャーロットの対空攻撃の餌になってしまうことも明白であった。


「ならば……これだ!」


 淀美は手元にダイナマイトを創造する。そして、そのダイナマイトをシャーロット達目掛けて降らせた。


「ぐあああああああっ!」

「くっ、あの魔王いくらでも武器を生み出せるのか……! シャーロット様!」

「問答無用っ!」


 シャーロットは死んでいく仲間を一切振り返らずになお突進していく。

 どんどんと減っていく兵士達。しかし、歩みを止めぬシャーロット。

 そして、ついに――


「ついた……!」


 シャーロットは、都市部外縁に設置された奉政の陣地までたどり着いた。

 肩で息をしながらも、ついにたどり着いたのだ。


「ちっ、面倒な……奉政! 気をつけろっ!」


 そんなシャーロットの前に騎竜で淀美が立ちふさがる。

 シャーロットがこれから相対そうとしている奉政に戦闘能力はない。

 ゆえに自分が奉政を守らなければいけない。淀美はそう考えていた。


「いいわ、魔王。ここであなたを討伐してあげる。宇喜多富皇じゃないのは残念だけれど、あなたにも恨みはあるわ……!」

「ふん、イノシシ勇者め……やれるものなら――」


 そうして淀美とシャーロットが対峙しようとした、そのときだった。


「っ! シャーロット様! あれを!」

「何よハロルドっ! ……っ!?」


 ハロルドに指し示され後方を向くシャーロット。そこには、空に赤い瞬く光が上がっていた。


「あれは、魔法閃光弾……しかも、撤退の合図!?」

「我々の敗北です、シャーロット様……ここは退きましょう」

「は!? 何言ってるのよ! 魔王が二人目の前にいるのよ!? それを逃すことなんてできない……!」

「そうは言っても、我々は敵の大軍を相手にしています! これは無謀な戦いです!」


 ハロルドが言う。彼の言う通り、淀美と奉政の陣を中心に大量の魔族が集まってきていた。

 その数はおそらく二千を超えるだろう。このままではその軍勢に包囲されるのは必至だった。


「それがどうしたって言うのよ! どんな犠牲を出しても私は魔族を倒す! 私はそう決めたの!」

「ここで二人の魔王と討ったとしてもまだ宇喜多富皇がいます! あいつを討ちたいのではないですか、シャーロット様!」

「でも……!」

「それに、仲間も殆ど死んでしまっています! これほどの犠牲、正気の沙汰でない戦いです!」


 ハロルドの言う通り、兵士はもう殆ど残っていなかった。せいぜい十数人であり、とても魔族の大軍に対抗できる数はなかった。


「でも……でも……!」

「シャーロット!!」


 諦めきれないシャーロット。そんな彼女に、ハロルドが叫んだ。


「ハロルド……?」

「あなたは勇者だろう!? それが人の命を軽んじるなんてどうかしてる! ここは残った命を救うことを考えろ! それが、俺達の憧れている勇者ってもんじゃないのか!?」

「ハロルド……」


 敬語も忘れ、叫ぶハロルドの言葉に冷静さを取り戻してくシャーロット。

 そして彼女は、決断する。


「……撤退するわ! みんな先に走りなさい! しんがりは私が!」

「はいっ!」


 そうしてシャーロット達は来た道を戻り撤退を始める。


「逃がすな! 追え――」

「――いや、追わなくていい」


 それを追撃しようとする淀美の言葉を、陣から出てきた奉政が止めた。

 彼女の言葉に、淀美は驚く。


「おいおいなんでだよ。このままあいつらを逃がすのか?」

「ああ。ここで追撃をしても、勇者であるシャーロットに無駄に兵力を削られるだけだろう。たった十数人の兵相手にそれでは損害だ」


 淡々と語る奉政。それに、淀美は少し不満そうに頭をかいた。


「くっそぉー……本当に厄介だな、勇者ってのは」

「そうだな。しかし……」

「しかし?」


 意味深に言葉を切った奉政に聞き返す淀美。そして、奉政は言った。


「あの勇者、だいぶ面白いことになっている。なるほど、宇喜多氏の策略もバカにできないということか……」


 意味深に笑う奉政。

 そんな彼女の笑いをいまいち理解できていない淀美であった。


 こうして二つの戦場で二人の勇者が撤退した。しかし、それぞれの戦場の内実はこれからの王国内で別々に語られることになるのであった……。

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