二つの戦場、二人の勇者

 ブルデュー領を占領した奉政は、増援として来ていた淀美をそのまま引き連れてモラン領へと侵攻した。

 また一方で別領を占領していた富皇は、四将を引き連れサルナーヴ領へと侵攻することに。

 この二領が落とされれば、女王のいる王都までヴィオネ領を残すのみとなり、王国軍としてはこれ以上の侵攻は阻止したいところであった。

 しかしそんな王国軍の意思も虚しく、戦況は魔軍に有利に傾いていた……。



 ――サルナーヴ領、山岳地帯。


「撃ち下ろせ! 山を取った我々が地形的には有利ぞ!」


 スケルトン兵が斜面から下にいる王国軍の兵士達に向けて銃撃する。

 指揮しているのは上位のスケルトンであるジェネラルスケルトンであった。

 ジェネラルスケルトンはスケルトンとしては例外的な知能と戦闘能力を持っている部類であり、それゆえスケルトン兵を統括する立場に任ぜられたのだ。


「撃て! 撃て! 撃て! 人間共を皆殺しだ!」


 休みなく降り注ぐ銃弾の雨。

 王国軍は完全に的にされていた。


「ちくしょう! せめて山さえ取り戻せれば……!」


 一人の兵士が物陰に隠れながら悪態をつく。


「仕方ないだろ! 地力で負けてる以上ぶつかり合いになるとこっちがどうしても不利だ!」

「だからこそ山頂が欲しかったんだろうが!」


 言い合う兵士達。

 彼らがそんな風に話している間にも、山の上から銃弾の嵐が降り注ぐ。


「くそっ! くそっ!」

「ははは! 人類など恐れるに足らず!」

「…………」


 富皇はその光景を山頂に敷いた陣から眺めていた。椅子に座り、片手には紅茶の入れられたティーカップを持っている。


「ふむ、人類領を占領したおかげでこうしてティータイムを楽しむことができるようになったのは良いわね」


 そう言いながら紅茶を口にする富皇。

 直ぐ側にはノスフェラトゥが控えている。


「富皇様……戦況は完全に我らが優位でございます。このままいけばこの山岳地帯を抜け、このサルナーヴ領の都を攻め落とすことができましょう」

「ええ、そうね。このままティータイムをじっくりと楽しみたいところだけれど……」


 富皇はカップをテーブルに置く。


「でも、そうもいかないようね」

「え?」


 富皇の言葉の意味が最初ノスフェラトゥは分からなかった。

 が、すぐに彼もその意味を理解する。


「でいやああああああああああああああっ!」


 銃撃していたスケルトンの一団が叫び声と共に一瞬にて吹き飛ばされたのだ。

 富皇達が山の下に目を向けると、そこには一人の男が立っていた。

 エマニュエルである。彼が、二対の斧を持って嵐のような攻撃を繰り広げていたのだ。


「くっ、勇者か……! ええい、撃てぇ!」


 ジェネラルスケルトンの号令により残ったスケルトンがエマニュエルめがけて射撃する。

 だが、


「ふん!」


 エマニュエルの鎧と斧が突如緑色に光ったかと思うと、鎧と斧が銃弾を弾き返したのだ。


「なっ、何っ!?」

「俺にそんな攻撃は効かないぜっ! はあっ!」


 更に、エマニュエルが輝いている斧を振るうと、突如その斧から竜巻が起こり、射撃してきたスケルトン達を次々に吹き飛ばしていった。


「ぐあああああああああああっ!?」


 吹き飛ばされるジェネラルスケルトン。

 竜巻は刃のように鋭く、スケルトン達の体をバラバラにしていく。


「どうやら彼がこの王国の勇者のようね」


 富皇が椅子から立ち上がる。そしてそのまま、彼女は山の下まで飛び降りていった。


「……っ!?」


 降りてきた富皇に、エマニュエルはすぐさま反応する。

 彼の斧が富皇を狙って振るわれる。


「おっと」


 その斬撃を、富皇は空中を跳ねて避ける。

 彼女のその挙動に驚きの表情を見せるエマニュエル。そして、彼は察する。


「俺の一撃を避けるとは……お前が噂の魔王ってやつか」

「ええ、そうよ。私は宇喜多富皇。魔王というものをやらせてもらっているわ。あなたの名は?」

「はっ、そっちが名乗ったなら名乗らねぇとな。俺はエマニュエル・ゴドフロワさ。よろしくな、魔王のねーちゃん」


 不敵な、しかし油断のない笑みを浮かべるエマニュエル。

 そんな彼に富皇もまた笑みで返すのであった。



   ◇◆◇◆◇



 ――モラン領、都市部。


「行け、死兵達よ。戦場で存分にお前達の仲間を増やしてくるがいい」


 奉政は都市部外縁に敷いた陣から、ゾンビ達に指示を出していた。

 ブルデュー領でゾンビ兵の有用性を実証した奉政は、次の戦いにもゾンビ兵を器用していた。

 腐り果てた体で走りながら襲ってくるゾンビ達は人間達に恐怖を与えるという意味では十分な効果を発揮していた。


「頭だ! 頭を狙え! そこ以外は効果が薄いぞ!」

「バリケードを作って奴らを近寄らせるなぁ!」


 都市まで退却しながらも戦う兵士達であったが、状況が不利なのは覆しようもなかった。

 彼らの抵抗は敗北を遅らせているにすぎなかった。

 更に、敵は地上のゾンビ達だけではなかった。


「オラオラオラぁ! 空の上から街を焼き払ってやれぇ!」


 淀美の空軍である。

 彼女率いる騎竜および有翼魔族達は、上空から爆弾を落としたり銃撃したりと空からの攻撃で人間達を次々に襲っていた。

 その効果は絶大で、ただでさえ劣勢な王国軍をさらに敗走させる結果となっていた。

 特に凄まじいのは淀美の攻撃で、彼女は自らの能力で召喚した自動小銃を宙に浮かせてまるで戦闘機に付けられた機銃を放つように人々を狙い撃っていた。


「はっはぁ! あまりに一方的だねぇ!」


 淀美の掃射によって次々に兵士が倒れていく。彼女の言うようにそれはとても一方的な姿だった。


「くそっ! このままじゃ領民を逃がすことすらできずに俺達は負けちまう! どうすれば……!」


 バリケード越しから必死に応戦している兵士が言う。

 だが、そのバリケードもとうとう耐えきれず、破壊されゾンビ達がなだれ込んでくる。


「ガアアアアアアアアアアアアアッ!」

「うっ、うわああああああああああっ!」


 悲鳴を上げながらも死を覚悟した、そのときだった。


「――でいやぁっ!」


 突如兵士の目の前に、金色の閃光が現れた。

 そしてその閃光が現れたかと思うと、ゾンビ達がまたたく間に倒れていったのだ。


「え……?」


 兵士はあっけにとられる。そして認識する。閃光かと思ったそれは、金髪の一人の少女だったことを。

 教国の勇者、シャーロットであるということを。


「あなた達、大丈夫?」

「あっ、はい……!」


 シャーロットに言われ我に返る兵士達。

 そのシャーロットに、一人の兵士が後ろから駆け寄ってくる。ハロルドである。


「シャーロット様! 東地区の避難、完了しました!」

「そう……分かったわ。あなた達!」


 ハロルドからの報告を受けたシャーロットは、助けた兵士達に背を向けた状態で叫びかける。


「私はこれからこの軍勢を指揮している魔族の長へと攻撃を仕掛けるわ。私について来たいという者がいるなら、一緒に来なさい。この劣勢を覆すわよ!」

「おっ……おおおおおおおおおおおおおおおっ! 勇者様だ! 勇者様が来てくださったんだ! ならば俺達も、勇者様についていこう!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 沸き立つ兵士達。

 そして、彼らを率いるように前に走り出すシャーロット。

 沸き立つその中で、ハロルドは不安げにシャーロットの背中を見つめていた。

 しかし彼もすぐさまシャーロットの後を追う。彼女を一人にはできない。そう言っているかのように。

 シャーロット一行はそうして次々にゾンビ兵をなぎ倒していく。

 途中、倒れる兵士もいたが彼女らは構わず突撃していく。

 その勢いは、まさしく雷の如しであった。


「っ!! みんな伏せて!」


 と、その勢いで進んでいる中で急にシャーロットが言う。

 その次の瞬間、彼女らの進路に銃弾の雨が降り注いだ。

 淀美率いる、空軍の攻撃だった。


「おっと勇者様。悪いがここから先は通せないんだよな。おとなしく死んでくれ」


 シャーロットにそんな言葉をかけるのは、淀美であった。

 彼女の銃口が、シャーロット達を狙う。


「……来たわね、魔王っ!」


 シャーロットが吠える。憎しみの炎をたっぷりと目に灯しながら。


 こうして、二つの戦場で二人の勇者が、二人の魔王と対峙することになったのであった。

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