死の都
魔族信奉者の反乱に乗じた魔族の侵攻は王国の想定外の速度で進んでいった。
ドゥファン領、ラポワリー領を落とした魔族はそのまま隣接していた三つの領地をも陥落させ、魔族信奉者と合流し勢力を拡大していった。
これに王国は各地の魔族信奉者の反乱を静めることに手間取られ、思うように対応できずにいた。
そんな中、魔族の大軍勢の一つを指揮している奉政は、とある領地へと侵攻することになる。そこは王国でも有数の城郭都市があると言われているブルデュー領であった。
「なるほど、ブルデュー領の軍はあの城壁の裏に立て籠もってる、か……」
朝、奉政は跳ね橋が上げられた都市を前にあごをさすりながら言った。
周囲には多くの魔族が侍ており、彼女の命令を待っている。
「あんなの、砲撃を繰り返して落としてしまえばいいじゃないか」
奉政にそう言ったのは淀美だった。
彼女はブルデュー領の城郭都市としての噂から奉政を救援するためにやって来ていた。
「お前の部隊にも十分砲撃隊はいるだろう? あいにく私が引き連れてきたのは空軍だけだが、サポートは十分できるぞ。よし、そうと決まれば……」
「まて松永氏。まだそうと決めたわけではない」
「え?」
さっそく行動に移ろうとしていた淀美は奉政の言葉に止められる。
奉政は相変わらず腕を組み都市を眺めていた。
「私には私のやり方がある。今回は口を挟まないでいただこうか」
「まあそこまで言うなら分かったが……どうするんだ?」
「……そもそも今回私が前線に来ているのは、私の実験の成果を確認するのが一つの目的だ」
「実験……教国で人間と人間の死体を集めて行っていた、アレか」
「ああ」
奉政は頷く。そして近くにいた部下に指示を出し始める。
部下は彼女の言葉を聞くと、その場を離れたかと思うと、前線にとあるものを用意し始めた。
それは、巨大な投石機であった。
「投石機? どうして今更あんなものを……」
「近代兵器に頼れば、勝利など簡単に手繰り寄せることができよう」
疑問を浮かべる淀美に、奉政は語りだす。
彼女の方を見ず、ただ都市と何かの準備を進めている投石機を見ながら。
「だが、それでは完全に人類を恐れに陥れることはできないと私は考えている。人類はあくまで魔族の存在そのものに恐怖を抱かねばならないのだ。今の自分達ではどうしようもない相手だと思わせる事が必要なのだ。それには、魔族自身の力で勝利を掴むこともまた、必要なのだ」
奉政がそう話している間に、投石機の準備が終わったようだった。
それを見て、奉政はさらに続ける。
「付け入る隙を与えることなく、相手を絶望させ魔族だけでも回るようにする……そしてそこから生まれる利益の上澄みを、私がいただくシステムを作る。それが、政治というものだ。私を中心とした政治を作るためなら、ある程度の労力はいとわんさ」
奉政はそう言うと軽く笑い、ばっと手を前に振るう。
彼女の合図により、投石機は“それ”を城郭内に向かって射出するのだった。
◇◆◇◆◇
「魔族共め……まだ諦めんのか」
城郭の中にある都市で、一人の兵士が壁の上から魔族の軍勢を眺めながら言った。
「はやく援軍がやってこないものか……各地の魔族信奉者達はほぼほぼ制圧できてきていると聞くのに」
彼の言う通り、王国全土で起きている魔族信奉者の反乱は鎮圧の方向に向かっていた。
この領地もまた魔族信奉者達を制圧し、ゆえにこうして籠城策を取ることができているのだ。
「せめて援軍さえやってくれば互角とは言わずとも戦いができるというのに……ん?」
と、そこで彼は見た。
魔族が都市の外側の陣で、投石機を用意していることを。彼らが投石機に岩以外の何かを設置し、今にもそれを射出しようとしていることを。
「警戒! 敵投石機発見!」
兵士が注意を喚起した直後に、投石機から何かが射出された。
「っ! 来るぞー!」
飛ばされてきたものに、壁の上の兵士、さらには壁の下の兵士達は危機感を持って動く。
そしてその飛ばされてきたものは、城郭を飛び越え街の中へと次々に落ちていった。
「うおわっ!?」
その一つが、壁のすぐ近くの道に落ちる。
落ちたものはぐしゃりという気持ち悪い音を立てる。
ばらけないように固定されて落ちてきたそれは、落ちた衝撃でその固定が外れて道に広がる。
すぐ近くにいた兵士が、それを確認する。
「これは……うえ! 死体か……?」
投石機から射出されてきたモノ。それは人間の死体だった。
民間人や兵士の区別なく、沢山の人間の死体がロープや布でまとめられて簡単に固定されて落ちてきたのだ。
それは今や固定がはずれただの死体の山になっている。近くで確認した兵士は、そんな死体を見て嫌悪で顔を歪める。
「なんで死体なんか飛ばしてきたんだあいつら……! 街に伝染病でもはびこらせるつもりか? ふざけやがって……!」
彼は怒りを口にしながらも死体をどうするか他の仲間に相談するために死体に背を向ける。
そのときだった。
「……ん?」
死体の山から、がさりという音がした。
何の音かと思い、振り返ったその瞬間――
「――ガアアアアアアアアアアッ!」
死体が起き上がり、彼に噛み付いてきたのだ。
「ぎゃあああああああああああああっ!?」
噛みつかれた男は死体にのしかかられそのまま喉を食いちぎられていく。
そしてそれを契機にしたように街のいたるところで死体が起き上がり、人々を襲っていく。
動く死体、ゾンビである。
「なっ、なんだこいつら!? 死体が、勝手に……!? うわああああああああっ!?」
「こっ、このゾンビ! 太ってるかと思ったら突進して爆発してきやがるっ!? やっやめろっ!? 来るな来るなああああああああああああ!」
「くそっ! なんて数だ! しかもこいつら思った以上に素早い……ぎゃあああああああああっ!」
街中で悲鳴が上がる。街は一瞬で射出されてきたゾンビによって混乱に落とされてしまった。
しかも、それだけではない。
「ああっ!? 民間人が……噛まれ食われた民間人までもがゾンビにっ!?」
ゾンビは噛み殺した人間までもをゾンビにしてその数を増やしていったのだ。
ゆえに、ゾンビはねずみ算式に増えていく。あっという間に街に立て籠もっていた軍では対応できない数になっていく。
更に、極めつけは――
「なっ、なんだあのゾンビ!? 魔法を使うぞっ!」
「リッチだ! あれはリッチだ!」
魔法を使う高位のゾンビ、リッチの誕生である。
人々の恐れとゾンビ達の闊歩する空間、そして奉政のしかけた魔法により、リッチまでもが生まれたのだ。
こうして街は一瞬で地獄と化した。
街には悲鳴が上がり続けた。が、夕暮れに街の悲鳴がついに止んだかと思うと、跳ね橋が降ろされていった。
「終わったようだな」
奉政が言う。彼女と淀美、そして魔族の軍勢は下げられた跳ね橋から街へと入っていく。
「おお、これはなかなか……」
街の中で見た光景に、淀美は思わず表情を引きつらせる。
そこには、無数のゾンビが歩き回る、血と肉が散乱したおぞましい空間がひろがっていたのだから。
「富皇が見たら喜びそうな光景だな」
「そうだな。彼女は間違いなくこの惨状を楽しむだろうな」
「魔王サマ……」
と、そんな彼女らにひざまずくものがいた。リッチであった。
「跳ね橋を下げたのはお前か?」
「ハイ……コノ度ハ我ラヲ生ミ出シテイタダキアリガトウゴザイマシタ……」
「いいのだ。これで私の実験が一つ身を結んだのだからな」
奉政がひざまずくリッチに手を向けながら言う。
街には死臭が溢れ、いたるところで使者が闊歩していた。
リッチの言葉を受け、そしてその光景を見ながら奉政は一人微笑むのであった。
「これで、私が甘い蜜を吸うための私の軍勢が一つ生まれたわけだ……フフフ」
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