侵攻前夜

「まさか勇者なる存在が出てくるとはな……」


 ブラッドリー領にて選挙した砦にて、ノスフェラトゥの力で魔城からやって来た奉政が言った。

 彼女はスピリ教国最後の拠点である首都ユディア攻略の作戦会議に参加するために前線にやって来たのである。


「ああ。しかも瞬間移動で銃弾を避けるんだろ? ぶっとんだ力を持ってやがるなぁ」

「正確には銃の狙いに定められる前に移動して銃撃を回避しているようだけれどね」


 淀美の驚きの言葉に富皇が冷静に返す。

 部屋には彼女達三人とノスフェラトゥの四人だけがいる状態であった。

 他の将は別部屋にて待機している。

 そのためか三人は今、仮面を外した状態で椅子にかけながら話している。


「勇者の存在は前々から聞いてはいたけれど、実際に相対するとその力がよく分かったわ。しかも、自らを囮にして領民の避難を完遂させるなんて、度胸もある。敵としては面白い相手ね」

「面白い、か……宇喜多氏は相変わらずだな」


 奉政が呆れたように言う。

 しかし富皇はそんな奉政の言葉を気にもとめていないようであった。


「さて、こうして私達の前に勇者が障害として現れたわけだけれど……ノスフェラトゥ。勇者についての情報はどれだけあるのかしら?」

「はっ……勇者についての情報ですが……申し訳ありません。現状でもほとんどない状態で……」


 富皇に尋ねられたノスフェラトゥは謝りながら言った。


「勇者について分かっているのは、奴らが二百年前我ら魔族を打倒した英雄の血を継いでいること、そしてそれぞれの国に一人ずついるということしか分かりません」

「それぞれの国に一人……ということは私があったシャーロットという子以外にも二人の勇者がいるってことね?」

「はい。スピリ教国のシャーロット・ホルブルックの他にも、ソブゴ王国のエマニュエル・ゴドフロワ。そしてファード帝国のヨアヒム・フィッツェンハーゲン。この三人が、今英雄の末裔である勇者と言われています。しかし、それぞれがどんな力を持つのかまでは密偵として潜ませているドッペルゲンガーからも情報がなく、今回富皇様が戦ってようやくわかった次第で……」

「なるほど。ありがとうノスフェラトゥ。十分よ」

「はい……お役に立てず申し訳ありません」


 ノスフェラトゥは頭を下げながら後ろに下がる。

 彼が下がると、富皇は「ふむ……」と言いながら目の前の机に両肘を起き、手を口元で組み合わせた。


「私達は今まで圧倒的な優位を持って戦ってきたわけだけど、勇者が現れた今情報という面において私達の優位性は下がったと言っていいわ。だって、相手の手の内をすべて把握しているわけではないもの。一応、彼女が瞬間移動できるというのは戦って分かったけれど」


 富皇は組み合わせた手の指を動かし弄びながら言う。

 その仕草は真面目に話していようともどこかふざけているようにも見える動きだった。

 一方で淀美は両手を頭の後ろに回しており、奉政は腕を組んでいた。


「どこへでも移動できる相手をどう対処するかってのは、なかなか面倒な話だな……四方八方から銃撃を食らわせてみるか?」

「それでも相手に射手の背後に回られては戦法が瓦解するだろう。それならば、もっと相手を罠にはめるように戦わなければいけまい。とは言え、攻めるのはこちら側ゆえ罠も準備しにくいのだが……」


 渋面を作って話す淀美と奉政。

 三人から離れて立っているノスフェラトゥもどこか困ったような顔をする。


「なら、まともにぶつからなければいいんじゃないかしら?」


 と、そこで言ったのは富皇だった。

 彼女は他の三人とは違って変わらず楽しげな表情を浮かべている。


「まともにぶつからない……? 持久戦を仕掛けるってことか?」

「確かに相手側は多数の避難民を抱えているため食料が尽きるのは時間の問題だろうが……勇者がいるのだ。向こうから攻めてくる可能性もあるのではないか? それに、他の二国の動向も気になる。国さえ制圧してしまえば私がどうにかするが、現状では……」

「うーん持久戦ってのは違うわね。あなた達、私達は魔族として攻めてるんだからもっと卑怯な戦い方をしてもいいんじゃないの、ってことよ」

「卑怯な……?」


 奉政が聞く。それに、富皇は口端を釣り上げた状態で頷く。


「ええ。だって、これは戦争だもの。相手に合わせてお行儀よく戦う必要なんてないのよ――」



   ◇◆◇◆◇



 月が頂点に昇り真夜中を迎える首都ユディア。

 その中心にある王城の一室で、一人の男が跪いていた。

 国主である、ホルブルック法王である。

 彼は両手を組み、じっと目を瞑っていた。彼の目の前には、正三角形のオブジェがある。


「ここにいたのね、お父様」


 そんな彼に声をかけるものがいた。シャーロットである。


「おお、シャーロットか……」


 シャーロットに気づいた法王は立ち上がり、彼女の方を見る。


「聖堂でお祈りだなんて、お父様らしい。戦勝祈願でもしていたの?」

「ああ……我が国を脅かす魔族に打ち勝てる力を授けられるよう、我らが主に願っていた」


 力ない顔でそう言う法王に、シャーロットは淋しげな笑みを浮かべる。

 法王は国主として、そしてそれ以上に国教たるトリニト教の教徒として模範的な人物であった。

 常に民と、そして神のことを考え国の政治を行ってきた。

 父親としても優しく、シャーロットはそんな父の愛を受けて育ってきた。

 彼女はそんな父のことを心から愛していた。


「大丈夫よお父様、魔族なんてこの私がやっつけてあげる。だから大船に乗ったつもりでいてよ」

「ああ、お前は本当に良い子に育ったな、シャーロットよ……しかし、ワシは思うのだ。もしワシがもっと早くに魔族の侵攻について知れていれば、そして諸侯を説得できれば、ここまで侵攻を許さなかったのではないかと……」

「お父様……」


 首都ユディアに魔族侵攻の報告が伝わったのは、エドワード領が陥落してしばらく後の事であった。

 エドワード領からの避難民が隣領のヘインズ領とモーガン領に逃げ込み、そこから伝令の兵が来るまでそれなりの時間がかかってしまっていた。

 そのためスピリ教国としての動きが遅れ、また魔族を侮っていた諸侯が独力での解決をしようとしたために、スピリ教国はここまで一方的に侵攻を許したところがあるのだ。


「それは仕方がない……とは言いづらいわね。私も思うもの、もし私が周りの反対を押し切ってもっと早く戦場に駆けつけていれば、もっと多くの人を救えたんじゃないか、って……でもお父様、もう私達は多くの犠牲を既に出してしまっているわ。それなのに国を守る私達が後ろばかり見ていては、さらに多くの犠牲を出してしまうかも知れない。だったら、前を向いてこれからの戦いを見たほうがいいと思うの」


 シャーロットは父に歩み寄り、彼の手を取りながら言った。

 彼女の目はとても美しく、純真な心を映し出しているかのようであった。


「シャーロット……すまない、国主である私がこんな弱気ではいかんな。まったく、いつもお前には励まさされる……」

「いいのよお父様。必ずや魔族をここで倒しましょう。きっと、私がお父様を勝たせてあげるから」


 そう言ってシャーロットは法王に笑いかけた。

 愛娘の言葉と笑みに温厚な気性である法王もまた奮い立った。

 この戦いに勝利し、民達に平穏を取り戻させようと誓うのであった。


「さあお父様、そろそろ眠りましょう? お父様が先に倒れられては元も子もないわ」

「ああ、分かった……しかし、王国と帝国に送った救援の使者はいつ帰ってくるのか……」

「もうお父様ったら心配事ばかり。ここから王国と帝国は距離があるからまだ時間がかかると思うわ。それまで、なんとしても私がこの国を守ってあげるから。大丈夫、お父様は安心して眠って」

「うむ……」


 シャーロットは苦笑しながらも法王を城の聖堂から彼の寝室へとまで送り、眠るのを見届ける。

 そして一人になった彼女は城の屋上へと上がった。

 月は相変わらず空高く輝いており、城を薄暗く照らしている。


「魔族……そして魔王、宇喜多富皇……私が必ず倒してあげる……この国と人々、そしてお父様のために……!」

 シャーロットはそう誓うと、ぎゅっと両手を握りしめるのであった。

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