勇者参上

 ブラッドリー領侵攻は速やかに行われていた。

 もとよりブラッドリー領は文化が盛んではあったが軍備はそこまで整っていない土地であった。

 ゆえに、魔族の侵攻にも先の三領連合軍ほどの抵抗はできていなかった。

 進軍は歩兵の主力たるスケルトン兵だけで事足りており、被害も殆どない。

 そのため、魔軍内では今回の侵攻はあくまで通過点であり既に目を首都ユディア侵攻に向けている者も多かった。


「はっ、情けねけぇ連中だな。ま、それほど俺達が強いってことなんだが」

「そうじゃのお。これもすべて魔王様方の与えてくださった力のおかげじゃわい」


 陣中にてグリスとソルドが話す。

 聞いていたガイウェルとジルも話はしなかったが特に否定することもなかった。

 このように、指揮を取る将軍の間ですら弛緩した空気が流れていた。


「まあ元々近代兵器が剣や盾の相手に劣る事はないんだ。当然の結果だな」


 さらに言うのは淀美である。

 彼女は富皇に向かって話しかけていた。


「…………」


 しかし、その話しかけられた富皇はと言うといつものような不気味な笑みではなく少しばかり考え込むような顔をして黙っていた。


「ん? どうした富皇」

「……引っかかるのよね、どうにも。あまりにも抵抗が大人しすぎる」


 富皇は淀美の言葉に少しためを作りながら言った。


「ん? そうか? 別にいつもと変わらないと思うが……」

「いえ、向こうには私達の侵攻に準備をする時間があったはず。それこそ、前回は三領が連合を作って抵抗してきた。と言うのに、首都を目前としたこの侵攻にこれほどまで手応えがないのが、少し気になっているのよ」

「まあ、そう言われてみればそうだが……」

「まるで、あえて抵抗していないような――」

「伝令!」


 と、そのときだった。

 富皇達のいる陣に、突如伝令のドラゴニュート兵が入ってきたのだ。


「どうした、ブラッドリー領を落としたか?」


 ガイウェルが聞く。しかし、伝令は焦ったように首を横に振り、言った。


「前線を担っていたスケルトン第一大隊、壊滅しました!」

「何っ!?」


 淀美と四将が驚き立ち上がる。

 落ち着いて座っていたのは、富皇だけだった。


「どういうことだ!? 相手にそれほどの兵力があったとでも言うのか!?」

「それが……!」


 ガイウェルの言葉に、伝令はまたも動揺した様子で返した。


「勇者です……! 勇者が現れましたっ!」



   ◇◆◇◆◇



「バカな……こんなことが……!?」


 ブラッドリー領最前線の農村部。

 そこで前線指揮を取っていたオーガは、言葉を失っていた。

 およそ五百いたスケルトン兵が、あっという間に倒されてしまったのだ。

 それも、たった一人の少女によって、である。


「あなたがこの部隊の将?」


 少女は輝くように美しい金の長髪を後ろでまとめ、透き通るほどの碧眼を持ち、その軽装とは不釣り合いな体ほどの大剣を持っていた。

 そして、その大剣の切っ先を今指揮していたオーガに向けている。


「ぐ……!?」

「言葉が出ないのかしら? それとも人の言葉が分からないだけ? どちらにせよ、期待してないけどね」

「くっ、くそおおおおおおおおおっ!」


 オーガは破れかぶれになって銃を発射する。

 しかし――


「――その武器、私には通用しないわ」


 少女は一瞬でオーガの背後に移動していた。瞬間移動をしたのである。


「でいやあっ!」


 そして、そのままその場で回転し剣を奮ってオーガの頭を吹き飛ばした。


「こんなものかしらね。さて、次は……」


 一体の敵を全滅させたことを確認する少女。その後、次の敵がいる場所へと行こうとする。


「ふぅん、これが勇者の力というわけね」


 そのとき、少女の頭上から言葉がした。

 少女が上を見ると、上空に竜が飛んでおり、その竜から人影が降りてくるのが分かった。

 富皇である。

 彼女は騎竜に乗って前線までやってきて、その少女――勇者のところまでやって来ていたのだ。


「あなたは……!?」

「あら、人に名前を聞くならまず自分から名乗ったらどう? 勇者さん」

「……問答無用!」


 少女は一気に走って距離をつめ、富皇に刃を振るう。

 それを、富皇は避ける。

 何度も振るわれる剣。それをまた何度も回避する富皇。


「埒が明かないわね……ならっ!」


 すると、少女は富皇の視界から消えた。

 かと思うと、いつしか富皇の頭上に瞬間移動しており、剣を素早く振り下ろしていた。


「だあああああああああああああっ!」

「ふんっ!」


 さすがの富皇もそれは避けきれないと思ったのか、その剣に手を突き出す。

 すると、手から紫色の光の壁が現れ剣を防いだ。


「なんですって!?」


 それにはさすがに少女も想定外だったのが、富皇から跳ね退き様子を見るように睨む。


「……仮面のあなた、どうやら他の魔族とは違うようね。一体何者?」


 そして尋ねる。大剣を構え、警戒しながらも。

 富皇はその少女の言葉に、軽く溜息をついた。


「はぁ……まずあなたの方から名乗ってと言ったのに……まあいいでしょう。教えてあげる。私は富皇。宇喜多富皇。今回の戦争を仕掛けた張本人の一人で、いわゆる魔王という奴よ」

「魔王、ですって……!? なるほどさっきの力といい、人間のようなその姿といいおかしいとは思っていたけど……納得だわ」


 そして少女は言う。切っ先を富皇に向け敵意をむき出しにしながら。


「覚えておきなさい。私はシャーロット・ホルブルック。英雄の末裔たる勇者の一人で、あなたを殺す者の名よ」


 シャーロットは富皇を睨みつけながらそう名乗った。

 彼女の名乗りを聞いた富皇は、とても楽しそうに笑顔を浮かべる。


「勇者! ああ……面白くなってきたわね。あなたのような存在がいるなんて、本当にこの世界は面白い……!」

「何を言っているかさっぱりね。やっぱり魔族と話なんか通じないのかしら」


 そう言うとシャーロットは、突如富皇に向けていた大剣を背中に収めた。


「あら、私を殺すんじゃなかったの?」

「そうしたいのはやまやまだけれど、今日はその日じゃないわ。どうやら今回の作戦は成功したいみたいだし……」


 そう言って少女は背後を見る。そこには遥か彼方から狼煙が上がっているのが見えた。


「さようなら、魔王さん。次にあったときが、あなたの命日よ」


 そう言って少女は目の前から消えた。遠方へと瞬間移動したのである。

 富皇の目には、どんどんと瞬間移動を繰り返しながら消えていくシャーロットの姿が映っていた。


「くくく……ふふふふふ……! たった一人で戦況を覆す勇者……さて、どうしてあげようかしらね……」


 残された富皇は笑う。邪悪な笑みで、一人、笑うのだった。

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