魔将

「ふむ……連合軍、ね」


 富皇は陣中にて伝令のドラゴニュートからそのことを聞いた。


「はっ、スレイド領は隣領のステイシー領およびベンフィールド領からの援軍を受け、スレイド・ステイシー・ベンフィールド連合軍を形成し我らに立ち向かっているようです」

「それで存外に苦戦していると」

「はい、個々の力では圧倒的にこちらのほうが上ですが、相手の兵数が多い上に防衛に徹しているため攻めきれず……申し訳ありません」

「分かったわ。下がりなさい」


 富皇は伝令のドラゴニュートを下がらせる。


「それで、あなたたちはどう思うかしら?」


 陣中には彼女の他に四人の魔族がいた。

 一人はウェアウルフのリーダーであるグリス。魔狼だけでなく機動力に長けたウェアウルフ掃討部隊を束ねる将となっていた。銀色の体毛が特徴的である。

 次に黒色の鱗を持つドラゴニュートの将ガイウェル。ドラゴニュートを中心とした竜湯騎兵隊、さらにそれだけでなくスケルトンなどの歩兵隊をも指揮しており、淀美からも空軍を任されている。

 三人目はデーモンプリーストのソルド。人の皮を剥いだような真っ赤な見た目をしており、魔法を使うデーモンプリーストの中でも最高位にあたる魔族である。こちらは奉政と繋がりが深い。

 そして最後に青色のアラクネのジル。彼女が指揮しているのは人の形からかけ離れていたり、巨大な体を持っていたりする人外の魔族達である。スライム、トレント、大蜘蛛などが彼女の指揮下にいる。

 彼ら四将は、魔族の中でも選りすぐられたいわば重臣である。

 戦いが本格的になってから、富皇は彼らに将としての地位を与えたのだ。


「俺はこのまま攻めるべきだと思いますね、富皇様。今は抵抗していますが、攻め続ければきっと音を上げるでしょう」


 そう言ったのはグリスだ。しかし、その言葉に首を振るものがいた。

 ガイウェルである。


「愚かな。力押しだけでは難しくなってきたからこその現状であろう。富皇様、ここは我ら竜騎兵にお任せください。上空よりの驚異でじっくりと戦意をそいで見せましょう」

「ふーむ、しかし竜騎兵隊にだけ任せていいのかのう?」


 そう言ったのはソルドである。ソルドは骨のように細い指で顎を擦りながら口を開く。


「確かに相手の戦意を削ぐことは大事だが、ここで時間をかけてはさらに敵に団結するいとまを与えてしまいかねん。そこに更に砲兵による砲撃も加え兵力をより削ったほうがよいとワシは思うぞ」

「……ならば、わたくし達異形部隊も支援しましょう」


 続けて言ったのはジルである。ジルはキチキチと不愉快な音を鳴らしながら話す。


「連日の侵攻により人々の恐怖心を煽れたことによって、強力な魔族が復活しはじめています。彼らを使うのはどうでしょう? 私のオススメは、地中を行くワームです。巨大な異形の姿で脅かせば、より恐れと混乱を招けるでしょう」

「しかしお前達、そのように相手の疲弊を狙うばかりでは、やはり勝てないのではないか? やはりここは力押しで行くべきだと思う」


 四人の将はそのようにああでもないこうでもないとお互いの考えをぶつけあわせていた。

 その話し合いに、あえて富皇は口を出さなかった。

 軍議はそのまま進み、やがて一つの結論に至った。


「……では、そのような手はずで。よろしいでしょうか、富皇様?」

「ええ、いいわよ。今回はあなた達の好きなようにやりなさい」


 代表して聞いたソルドに富皇はにこやかに答える。

 こうして、魔族達は次の侵攻作戦を企て、軍議を終了するのであった。



 前線。銃を手にし射撃を続けるスケルトン兵と、それを必死に作ったバリケードや街を囲う城壁で受け止め防戦に徹する人類。

 そんな状況の魔族と三領連合軍との戦いの趨勢が傾いたのは、太陽が傾き始めた午後三時頃であった。


「……ん?」


 人類側の前線の兵が、何か異変を感じたのだ。

 それは地鳴りであった。地面が揺れ、何やら音を立てているのだ。


「一体、何――」


 その瞬間であった。


「うわああああああああああっ!?」


 前線で防衛線を貼っていた兵士達の足元から、突如巨大なワームが飛び出してきたのだ。

 しかも一匹ではない。四匹ものワームが次々に前線を荒らしていっていたのだ。


「落ち着け! 落ち着いてあのワームに対処するんだっ!」


 人間の司令官の声が飛ぶ。

 最初は混乱していた兵士達だったが、次第に落ち着きを取り戻し始め次々に各所に穴を掘っては現れるワームへと対処しようとする。

 だが、魔族は更に攻撃を続ける。

 ワームの掘った穴から、ウェアウルフが続々と湧いて出てきたのだ。彼らは手にショットガン――ウィンチェスターM1897、通称トレンチガン――を握っており、次々と兵士を鎧ごと吹き飛ばしていく。


「ぐっ!? またこいつら未知の武器をっ……!? がっ!?」


 兵士達は突然の奇襲に対応できずに次々と倒れていく。前線は完全に崩壊した。


「今だ、進軍っ!」


 高らかな声が響く。ガイウェルの声である。上空から魔族の兵達を指揮しているのだ。

 彼の号令に従って次々と前進していくスケルトン兵達。

 前線が崩壊した三領連合軍は街へと撤退し巨大な扉を閉め籠城の姿勢を取る。

 が、それも魔族には通用しない。


「ぐわああああああああああああっ!?」


 城門が砲撃により吹き飛ばされ、粉々にされたのである。

 これまで温存していた砲撃であった。的確に、かつ最も効果のあるタイミングで榴弾を放ったのだ。

 城門から街へとなだれ込む魔族達。

 そこからは、いつも通りの一方的な虐殺であった。

 逃げるもの戦うもの戦意のないもの民間人すべて見境なく殺し尽くした。

 三領連合軍は、完全に敗走することとなってしまった。



「よくやったわ、あなた達」


 制圧した街に置いた陣で、富皇は将達をねぎらった。


「はっ、ありがたき幸せ!」


 代表して言ったのはガイウェルである。四人はみな富皇の前に跪いている。


「これで残すはブラッドリー領、そして首都ユディアのみ。この二つを制圧すれば、スピリ教国は私達の手中に落ちる。つまり、魔族の世界が一つ広がるのよ」

「はい……! まさかこんな日が来るとは思っても見なかったです……! これもすべて、魔王様方の手腕によるもの……俺は感服しています!」


 グリスが感動に打ち震えたような声で言う。

 そんな彼に、富皇は微笑みかける。


「そうね。私達がいなかったら、あなた達はあのまま滅んでいたでしょうから。でも、今のあなた達は座して滅びを待つ存在ではない。そうでしょう?」

『はっ!!』


 一斉に答える将達。その声には確固たる自信が溢れていた。


「では、明日はブラッドリー領に侵攻するわよ。それまで、ゆっくりと英気を養いなさい」

「了解いたしました!」


 またもガイウェルが代表して答え、去っていく将達。

 そんな彼らの後ろ姿を見ながら、富皇はポツリと呟いた。


「さて、ここまで追い詰めたけれど……どうでるのかしらね、スピリ教国は。まさか、このままでは終わらないでしょう?」

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