追撃
「ヘインズ領の領民が逃げた?」
前線の陣内にて、富皇はノスフェラトゥからそのような報告を受けた。
側には魔族領から一緒にやって来た奉政の姿もある。彼女もまた富皇達と同じように顔の上半分を隠す仮面をつけていた。意匠はヘビである。
「はい。先行させた物見の報告によると、ヘインズ領の領民および兵士達はみな自らの領地を捨て、別の領地へと避難を始めているようです」
「ふむ、なるほど」
「どうする宇喜多氏、捨て置くか?」
「そうね……できれば追手を放ちたいところだけど、どれくらい離れているのかしら?」
「街道を進んでいるようで最後尾でもおよそ四十キロは離れているかと」
「魔軍を行軍させて一日に二十五キロ程度だから……普通に進行しては追いつけないわね」
「ならば、諦めるしかないな。何、避難先でまた仕留めればいい話だ。さして問題にはなるまい」
難しい顔をする富皇に、奉政がさらっと言う。
しかし富皇は未だ考えているようだった。
「……ノスフェラトゥ、地図を見せてちょうだい」
「はい」
富皇に言われノスフェラトゥは地図を広げる。
ヘインズ領を中心とし他領もある程度書かれた地図だ。
「避難民はどこの領地へ向かっていっているか、分かる?」
「は。この街道を使っているはずですから……スレイド領になると思われます。スレイド領は他領と比べ首都ユディアに近いゆえ、庇護してもらうならそのまま首都に向かうかと」
「……できれば首都は最後に落としたいから、首都に逃げられて軍を集中されると少しばかり厄介ね」
「そうだな。他の領地を落とせば首都を包囲できて有利だし、いくらこっちが軍事力でイニシアチブを握ってるからと言って大軍を相手にしないことにこしたことはないしなぁ」
富皇に続いて淀美が頭をかきながら言う。
一方で富皇は答えず、相変わらず地図をずっと見続けていた。
「とは言え、すでに距離をあけられてしまっている以上、どうしようもあるまい」
「それをどうにかしたいじゃんかよー」
「感情でどうにかなるようなものではないのは分かっているだろう」
「……いや、なんとかなるかもしれないわ」
向かい合って言い合う淀美と奉政に割って入るように、富皇が言った。
富皇は軍議用に置いてあった指し棒を取り、パシと地図の上を叩いた。
「確かに同じように街道を進行していては追いつかないわ。でも、スレイド領へと向かう道は入り組んでいる上に、大きな山道を経由しないといけない。ここが狙い目と思うのよね」
「と、言うと?」
「淀美さん、あなたが育てていると言っていた空軍の仕上がりはどうかしら?」
「え? ……ああ、なるほどな」
富皇の質問に、淀美はニヤリと笑みを浮かべる。そして、返す。
「結論から言えば、お前のやりたいことはできるぜ。仕上がりは上々だからな」
「空軍……そうか……」
続いて奉政も理解を示し頷く。
「あの……?」
一方で、ノスフェラトゥは三人が気づいたことが分かっておらず、それぞれの顔を見る。
「あら、案外察しが悪いのねノスフェラトゥ。簡単なことよ。ここの陣地から、空からまっすぐ最短距離を行って避難民を襲撃するのよ」
「空から真っ直ぐ……あっ、なるほど……!」
ノスフェラトゥは富皇が指し示した地図の位置を見る。
魔軍の陣地から避難民が通ると思わしき山道が短い直線で結べることに気づいたのだ。
「ヘインズ領とスレイド領は地図上では近いけれど、道で言えば険しい山々に邪魔されて蛇行した道を通らざるをえない。それはこのモーガン領も同じだけれど、空から一直線に行くならば、私達はこの長い道のりの差を埋めることができるのよ」
「あくまで避難民を襲撃するということだけを目的とするなら、全体と足並みを揃える必要もないしな。いいんじゃないか、よし、さっそく準備してくるぜ!」
淀美はバシっと自分の拳と手のひらを突き合わせると、一人騎竜の待つ場所へと向かっていった。
残った富皇は相変わらず笑みをたたえており、奉政は冷たい表情を浮かべている。
「……しかし、追撃するにしてもそれはそれでコストがかかる。このまま見過ごしてもよかった気はするのだがね」
ポツリと、こぼすように奉政が言った。
そんな彼女の言葉に「そんなことないわよ」と富皇は返す。
「だって、そっちの方が面白いじゃないの」
「相変わらず、それか……」
やれやれと言ったように仮面を触る奉政。
その後、彼女もまた陣を離れていった。
「ノスフェラトゥ、帰るぞ。送っていけ」
「はっ!」
奉政にそう言われノスフェラトゥは彼女の元に走る。
そして、地面に魔法陣を書き始める。
「……それにしても、この瞬間移動が行軍に使えれば楽なのだがな」
「申し訳ありません……魔術による移動はできて魔族領内、さらには一度に数人ずつしかできないゆえ……」
「分かっている。言ってみただけだ」
二人はそんな会話をしながら富皇の目の前から消えた。
拠点である魔城に帰っていったのだ。
残った富皇は、陣で一人地図を見て、思案にふけるのであった。
◇◆◇◆◇
「みんな、頑張れ……! ここを越えればスレイド領までもう少しだ……!」
時間は正午を過ぎた頃。避難民を警護しながら先頭を行く兵士が言う。
彼らは今、ちょうど山道を行っているところであった。
「はぁ……はぁ……!」
避難民達は息を切らしながら山道を歩く。
老若男女多くの人が歩いており、歩調を合わせているためゆっくりとした進行になっていた。
「もう少しで……もう少しで……!」
列の中央辺りにいる一人の男が言う。
彼らにとってこの避難は最後の望みであった。
突然の魔軍の進行。捕虜すら取らずひたすらに命を奪っていくという彼らに怯え、逃げることしかできない自分達。
だが、スレイド領を経由し首都ユディアにまでいけば、彼らにとっての希望があった。
「首都に……首都にさえつけば、英雄の末裔たる勇者様が俺達を――」
彼がそう口にした、その瞬間だった。
――ドォォン!!
「ああああああああああああああああっ!?」
「えっ!?」
突如炸裂音と、けたたましい悲鳴が後方から聞こえてきたのだ。
後ろを向くと、そこには地獄のような光景が広がっていた。
後方を歩いていた人々が吹き飛ばされており、多くの死体の山が築かれていた。
その死体は四肢がまともにくっついているほうが珍しく、ほとんどは体のどこかしこが千切れていた。
そして男は空を見上げる。そこには、ドラゴンに乗った魔族達が品定めをするかのように自分達を眺めていた。
「よぉし! 最初の爆撃は成功だ! お前らっ! 後は好き放題に狩れっ!」
リーダーと思わしき仮面の女が言う。
すると、ドラゴンに乗ったグレムリンや、単体で飛んでいたワイバーンなどが次々に避難民に襲いかかってきたのだ。
「う、うわあああああああああああああああああっ!?」
悲鳴を上げながら散り散りに逃げる避難民達。
だが、狭い山道には逃げ道もなく、次々と魔族の犠牲となっていく。
兵士達も応戦するも、空からの攻撃に対応しきれずに次々に命を落としていく。
「そんな……嘘だ……」
男はそんな中、一人棒立ちで呆けていた。
「ここを越えれば、希望があるはずなんだ……俺達は、助かるって……」
そんな彼にも、空からの魔の手が伸びる。
彼を狙って、一匹の騎竜が襲いかかってきたのだ。
「助けてくれよおおおおおおお! 勇者様あああああああああああっ!」
それが、彼の最後の言葉になった。
彼は上空より襲いかかられ、そのまま心臓を槍で貫かれた。
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