人間採集

「はぁ……はぁ……!」


 少女は部屋のクローゼットの中で体を震わせていた。

 どうして彼女がそんなところにいるかというと、それは彼女が両親にそう言われたからだ。

 この中に隠れていろ、静かになるまで絶対外に出てはいけない、と。

 両親はそう言ってからずっと帰ってこない。もう半日になるだろう。

 だが少女は両親から捨てられたわけではない。少女もそんなことは考えなかった。

 それは、状況が状況であるゆえだ。

 少女の住んでいた街が、魔族に襲撃されたのだ。

 彼女達家族が住んでいたのはスピリ教国モーガン領の公爵邸のある街だった。

 領主は厳格であったが、領民の事を考えており少女は健やかに過ごしていた。

 だが、そんな領地に魔族が攻めてきた。なんでも、隣領のエドワード領をあっという間に制圧してやってきたらしい。

 その魔族達は領民の想像を遥かに超えるスピードで侵攻してきたため、領民の多くが逃げ遅れた。少女の家族もそうである。

 魔族達はモーガン領の中心地である街にまで攻め込むと、モーガン軍をまたたく間に蹴散らしてしまった。

 そうして多くの領民が取り残されたのだが、魔族達はなんと残った人間を捕らえ始めたのだ。

 軍人も、民間人も関係なく魔族達は人々をどこかへ連れ去っていった。

 その魔手は少女達の家にまで迫ってきた。

 そして魔族が家に侵入してきたときに、両親は少女をクローゼットに隠したのだ。

 両親がその後どうなったのか、少女には分からない。

 ただ言われた通りに静かになるまでずっとクローゼットの中で震えていたのだ。


「パパ……ママ……」


 少女はポツリとこぼす。

 両親に無事でいて欲しい。今すぐにでも、このクローゼットを開けて両親を探しに行きたい。

 しかし、外は相変わらず魔族の声や人の悲鳴、何かの破裂音などが鳴り響いている。

 だから少女はクローゼットから出なかった。

 必死に、両親が、または誰かが助けに来るのを待った。

 そんなときであった。


「……おーい、おーい」


 声が聞こえた。それは、よく聞いた声だった。


「パパ!?」


 父がやって来たのだ。助けに来てくれたのだ。無事だったのだ。

 少女は嬉しくなってクローゼットから飛び出た。

 が。


「……あれ?」


 声はする。今も「おーい」と自分を呼びかける声が耳に入ってくる。

 だが、姿はどこにも見当たらない。まるで、姿のない何かが声を出しているかのような――


「――きゃっ!?」


 その瞬間だった。

 少女は、突如天井からネバネバとする糸に絡め取られたのだ。上を見上げると、そこには人間の大人程の大きさがある蜘蛛が張り付いていた。


「きゃあああああああああああああ!」


 悲鳴を上げる少女。その間も「おーい」という声は聞こえてくる。


「助けてぇ! 助けてパパぁ!」


 少女は叫ぶ。どこかにいる父に叫ぶ。


「お前のパパなんて、どこにもいないんだよ」


 すると、確かに父の声で、そう返ってきた。誰も居ない闇の中から返ってきたのだ。

 いや、違う。そこにあるのはただの闇ではなかった。闇が形を持っているのだ。

 姿をもった闇が、少女にそう返してきたのだ。

 少女は知らないが、それはシェイド、亡霊の魔族であった。


「い……嫌あああああああああああああああっ!」


 声の正体を知り、大声で叫ぶ少女。

 だが、少女がいくら叫んでも蜘蛛の糸は解けず、むしろ余計に絡まっていき、そしてそのまま少女は連れされていった。



   ◇◆◇◆◇



「生き残った人間の捕獲は順調なようね」


 富皇は目の前に跪いているドラゴニュート相手に言った。


「はっ、ウェアウルフ隊や亡霊隊、更には大蜘蛛などその他の下級魔族なども動員し、軍人だけでなく逃げ遅れた人間達を順調に捕獲しつつあります! 現在、およそ千人の人間を捕らえました!」


 ドラゴニュートはそう言って背後を指し示す。

 そこには、縄に縛られ運ばれる人間達の姿があった。

 人間達を縛り上げている縄を引っ張っているのは巨人のトロールである。その力で引っ張られては、人間の力ではとても逃げることなどできない。


「よくやったわ、そのまま人間の捕獲を続けなさい。ある程度済んだら、次の進軍の準備をするわよ」

「はっ!」


 富皇の言葉を受けドラゴニュートは下がっていく。


「あら?」


 と、そのドラゴニュートと入れ替わるように、新たな人間が連れられてきた。

 集団で連れられているその人間の中に、富皇は気になる姿を見つけた。

 それは、少女だった。

 体を蜘蛛の糸で縛られている少女だった。

 富皇はその少女に近づく。

 一方で少女は近づいてくる富皇に怯えながらも、仮面をつけた彼女に言う。


「お姉さん……魔族の人? だったらお願い、パパとママに会わせて!」


 必死に訴えかける少女。そんな少女に富皇はしゃがんで笑いかけて言う。


「悪いけど、それはできないの」

「え……?」

「あなた達人間は、みんな魔族のための生贄となるの。ここに連れられた人間は、みんな実験動物にされてしまうのよ」

「そ、そんな……じゃあ、パパとママも……?」

「ええ、そうよ。でも、あなたは違うわ」


 富皇は仮面越しにニッコリと笑って言った。


「あなたは、私は殺してあげる。ちょうど、あなたのような可愛らしい子をこの手にかけたい気分だったの。千人も捕まえたのなら、一人ぐらい私が殺したっていいわよね」

「い……嫌……死にたくない、死にたくないよぉ……!」

「ふふふ、どんな風に殺してあげようかしら……やはり切り刻むのが一番か、それとも水に沈めるというのも手ね、殴り殺すというのもありかしら……ふふふふ」


 泣き叫ぶ少女を前に、笑いが止まらない富皇。

 彼女がそうして笑っている間にも、次々と捕まった人間達は魔族領へと運ばれていくのであった。

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