空からの悪意
「今すぐ攻勢に出るべきです!」
モーガン領の公爵邸にて、一人の若い貴族が言った。
他にも並ぶ多くの貴族達を前に彼は椅子から立ち上がり訴えている。
「二百年間押し止められていた魔族など我らの軍備を持ってすれば恐るるに足らず! すぐさま攻撃し押し返すべきです!」
彼らは先日エドワード領を占領した魔軍の侵攻について話し合っていた。
その中で、彼は今すぐ反撃すべきだと訴えかけているのだ。
「しかし、魔族はまったく未知の武器を使っているとの話がある……うかつに攻めるのは危険ではないのかね?」
一人の貴族が反論を上げる。集まった貴族達の中でもとりわけ老いた貴族だ。
「そんなもの、エドワード領の民が魔族の武器を見慣れていなかっただけに過ぎないでしょう! そもそも、エドワード領があっという間に陥落してしまったのはエドワード領の統治が腐敗していたからです! このモーガン領ならそんなことにはなりません! そうでしょう、モーガン様!」
「……むう」
若い貴族の言葉を受けてモーガン領領主、ダスト・モーガンは低い声で唸る。
彼は若手貴族の言葉に傾いているものの、決めかねている様子だった。
「私としては、一度首都にいる“英雄の末裔”たる“勇者”様に救援を請いたいと思っている」
「なんと弱気な!」
ダストの言葉に若手貴族はより大きな声を上げる。
「勇者様の力など借りる必要などありません! 我が領地の軍備を代々整えてきたのはあなた達一族ではありませんか! それをこの有事に対し弱腰になるなど……!」
「そこまでにせよ! 領主様に言葉が過ぎるぞ!」
いかつい顔をした中堅どころの貴族が若手貴族を怒鳴りつける。
若手貴族はその言葉を受け「申し訳ありません……」と静かに椅子に座った。
「ともかく、何らかの対策を取らないといけないのは確かだ……少なくとも今は国境付近の警備の強化を――」
と、ダストが言ったそのときだった。
「大変です!」
一人の兵士が、貴族達の部屋に駆け込んできたのだ。
「何事だ! 騒々しい!」
「すいません……しかし、それどころではないのです! 魔族が……魔族が侵攻してきました!」
兵士のその言葉に、貴族達は一斉に立ち上がった。
「何!? 早すぎる!?」
「ほぼ休みなく進軍でもしない限り到達しえない速度だぞ!?」
「奴らに疲れや兵站という概念はないのか!?」
混乱する会議場。もはや貴族達は冷静に話し合う事もできず、ただいたずらに時間を消費していくのであった。
◇◆◇◆◇
「第三分隊、村を突破しました! 敵騎兵隊壊滅! 現在追撃しています!」
一匹の緑色の鱗を持つドラゴニュートが前線に陣を敷いている富皇にそう伝令する。
その伝令を聞いている富皇は、顔の上半分を覆う仮面をつけていた。
梟を意匠でかたどっている仮面である。
「よくやったわ、そのまま侵攻を続けて。次の戦場となる街は地形が入り組んでいるから、突入は待ち伏せを警戒しなさい。突撃はデュラハンの騎兵部隊と魔狼部隊を中心に」
「はっ!」
ドラゴニュートは富皇からの支持を聞くと翼を広げ再び前線に戻っていく。
「ドラゴニュートは優れた兵ね。移動速度も速いし頭も回る。軍の中心となりえる魔族だから、率先して部隊を作りたいところね」
「ああ、問題となるのは、ドラゴニュート自体は希少な魔族ってところだな。負の感情による魔族の増殖はどの種族を増殖させるかは未だ任意といかないから、研究が必要だな。ま、そこは奉政がうまくやるだろうさ」
富皇に返したのは淀美である。彼女は富皇と同じく顔の上半分を覆う仮面をつけている。
違うところは意匠が蜘蛛の意匠であることである。
「……なあ、ところでこの仮面っているのか? 別に素顔のままでもいいんじゃ?」
淀美が仮面を右手でいじりながら聞く。もう片方の左手ではリボルバー拳銃――コルト・シングルアクションアーミー――をくるくると回転させていた。
「必要よ。だってこうして前線に出る以上、敵に顔を見られる可能性だってある。そして、私達は少なくとも体は人間なのだから、顔を見られるのと見られないのでは大きな差があるのよ。もし顔バレしていなかったら、こっそりと敵国に入り込むことだってできるしね」
「なるほど、魔族って思わせとけば情報戦で有利に立てるってわけか。考えたのは奉政かい?」
「そうね、発案は彼女よ。仮面のデザインを考えたのは私だけれど」
「ふぅん。まったく小狡い政治家様は考えることがしたたかだねぇ」
ニヤニヤと笑いながら言った淀美はすっと立ち上がり、一度手をぐぐっと合わせて「んんっ」と背伸びをすると陣幕内を出る。
「出るの?」
「ああ、アタシが前線にこうして来てるのは戦術研究のためだからな。これから、ちょっと試したいことを試してくる。成果があったら、軍全体に配備させてくれ」
「ええ、成果があったらね」
「なーに期待してろって。よし、それじゃあお前ら行くぞ!」
淀美が叫ぶと、陣幕の外で待機していたグレムリンが続いた。
そして、彼女達は外に並べられていた赤いドラゴンにまたがると、一斉に空に上がる。
「それじゃあいくぞ! 空軍作りの第一歩だ!」
淀美の号令と共に、ドラゴンは空を飛び彼女達は前線へと飛んでいった。
その後姿を眺めながら、富皇は静かに口端を釣り上げるのであった。
「よし、そろそろ最前線だな」
淀美はグレムリンの乗ったドラゴンを編隊として率い、上空を飛んでいた。
彼女の部隊は彼女をいれて五匹であり、淀美を先頭に∨の字で飛んでいる。
「訓練通り編隊を崩さずにこれたな。どうやらグレムリンを航空隊に選んだのは成功だったらしい。奉政は手先が器用だから武器開発を中心にさせたかったらしいが……どうせどんどん増えていくんだ。戦力として利用する手はないだろうに」
五匹の編隊の眼下には戦場が広がっている。
ちょうどモーガン領の兵士と魔族の軍勢が市街地で戦っていたところだった。
戦況は魔族有利とはいえ硬直しているようであった。
「航空戦力のテストにはうってつけだな。よし、いくぞお前ら!」
淀美はそう言い急降下を開始する。
それに続いて他のドラゴン達も降下を開始する。
戦場に向かって下りていったグレムリン達は急降下しながらドラゴンからとあるものを地面に落とした。
重量十キロに及ぶ爆弾である。
淀美のテストとは、ドラゴンによる急降下爆撃の実地検証であったのだ。
爆弾はスケルトン兵を押し留めていた魔法兵部隊に直撃、大打撃を与える。
「着弾確認! 爆撃損害評価は十二キル!」
淀美は嬉しそうに叫ぶ。また、他のドラゴンに乗っていたグレムリン達も歓喜の声を上げた。
「シャアアアアアアア!」
「よくやった我が愛しの航空隊共! これなら十分戦っていける! よし、後は上空から戦場を偵察し、敵陣形や地形を連絡するぞ! ついてこい!」
淀美は腕をぶんぶんと回しながら言う。彼女とグレムリン達はそうして戦場上空を飛行し、それを逐一メモに取った。
「ちまちました作業だが、これが航空機の役割でもあるから仕方ない。しかし、本当は無線でもあればよかったんだが……ま、ないものねだりをしても仕方がない。魔法の使える魔族にテレパシーで意思疎通させれば一応無線代わりとして使えるしな。いっそのことドラゴンに魔道士を乗っけたいが、竜騎兵としての訓練には骨が折れるんだよなぁ……」
淀美はぶつぶつとそんなことを言いながらメモを取っていく。
彼女達はそうして航空隊としての初任務を終え、陣地に帰っていくのであった。
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