次なる目標は

「ああ、血と焼ける人体の匂い……いつ嗅いでもいいわ……」


 夜。人間は誰もいなくなった、しかし未だ炎に包まれている戦場を歩きながら、富皇は言った。

 彼女の側には淀美と奉政もいる。


「匂いはともかく、この銃創のできた死体を見ると、アタシの武器が役に立ったんだなぁって感動するよ」

「ふん、私は別に死体に感慨など感じんがね。死体は死体だ。それ以上でも以下でもない」


 踊るように歩く富皇に、死体を細かく観察しながら歩く淀美。そして、両腕を背中で組んで尊大に死体を踏みつける奉政。

 三者三様の戦場の歩き方をしていた。


「魔王様方……」


 と、その三人に影が近づく。ノスフェラトゥである。


「ただいま掃討部隊による捜索が終わりました。この区域にはもう人間はいないようです」

「そう。少し残念ね。まだ生存者がいたら、私自ら殺してあげようと思ったのに」

「この十年でさんざん殺しただろうに……いや、そんなことで収まらなかったからこそ、人類史上最悪の殺人鬼と呼ばれるほどになったのか……」


 奉政が呆れたように言う。そんな彼女に富皇は笑いかける。


「あら、褒めてくれているのかしら?」

「そんなわけないだろう、馬鹿者め」

「それは残念」

「あの……」


 話す二人の邪魔をして悪いと言わんがばかりにノスフェラトゥがおずおずと口を挟む。

 そんな彼に、富皇は苦笑する。


「あら、ごめんなさいね話の途中で。それで、状況は?」

「はっ、我が魔族は推定でこの領地の人間の七割を殺害したと思われます。ですが、三割の人間には逃げられ、別の領地への逃走を許してしまいました。故にドッペルゲンガーは所定の通り同族達と共に避難民に紛れて各国に密偵として散らばりました。しばらくすれば情報が入ると思われます」

「なるほど、ありがとう。せめて八割は削りたかったところだけど、まあそれはいいわ。想定の内だし、情報が広まったほうが同時に恐れも広がるしね。それと、ゲームとしても面白くなる」

「は、はぁ……」


 ノスフェラトゥは少しばかり分からないといった様子で言う。

 実際、彼にとって魔族の運命をかけた戦いがゲーム扱いなのは、いささか不満なところでもあった。

 が、それも彼女の魔王たる悪意ゆえと思い、口に出さずにいた。


「分かるわよノスフェラトゥ、私がこの戦争をゲームと思っていることが嫌なのでしょう?」


 が、それを突如富皇に言い当てられ、ノスフェラトゥは困惑する。


「なっ!? そ、そんなことは……!」

「いいのよ。あなたの魔族なのにそういった真面目なところ、嫌いじゃないわ。あなたはこれからも真面目でいなさい。だって、私達三人とも、クセが強いから。あなたみたいな常識的な悪人がいたほうがバランスが取れるというものよ」

「そ、そうでしょうか……」


 未だ困惑するノスフェラトゥだったが、少なくとも目の前の魔王は自分の存在含め楽しんでいるようであるため、ひとまずそのままにすることにした。

 機嫌を損ねるわけにはいかない。魔族の運命は目の前の三人にかかっているのだから。


「さて、このエドワード領は占領したわけだけど……次に攻められるのは確か、モーガン領とヘインズ領だったかしら?」

「はい、その通りでございます。モーガン領はスピリ教国の中でも比較的軍備が整っている領地、対してヘインズ領は商業が盛んな領地でございます。やはりここはヘインズ領に――」

「決めたわ。次はモーガン領を攻めましょう!」

「は!?」


 ノスフェラトゥはまたも困惑する。富皇は両手を合わせパァっとした笑顔で自分の提案とは真逆の事を言ったからだ。


「し、しかしたやすく侵攻するのならばヘインズ領なのでは……?」

「普通に考えればそうだけれど……私達は今、軍事力という面においては圧倒的なイニシアチブを持っている。なら、それを生かさないわけにはないと思うの。さっさと力ある領地で人を殺せば、より相手に恐怖を広められるでしょう?」

「な、なるほど……」

「私も富皇の意見に賛成だ。我々魔族にとって兵站の代わりとなるものは人の負の感情だ。恐怖、絶望、死……それらが力になる以上、より恐怖を煽るにこしたことはないしな」

「それに、下手に後回しにして軍備を整えられると厄介だしなー。叩くなら体制が整ってないであろう今だろ」


 富皇の言葉に奉政と淀美が続く。

 なるほど魔族の戦争としては彼女達のほうが理にかなっているようにノスフェラトゥは思えた。

 そして同時に、この二百年で自分がかなり弱腰になっていることも自覚した。


「分かりました。そうするように手配します」

「任せたわよ。それと、次からは私も陣頭指揮を取るから」

「富皇様自ら、ですか……?」


 彼女の言葉にノスフェラトゥは意外な顔をする。それはそうだ。

 彼女はいわば大将。大将が常に最前線にいるなど前代未聞である。

 が、そこまで驚きもしなかった。彼女なら、そう言うのではないかと思ったからだ。


「ええ、どうせなら殺しをこの目で見たいし、やりもしたい。それに、この世界での戦争を理解するには実際に自分で味わう一番だしね」

「あ、だったらアタシも! アタシの兵器がどういう風に実践で活躍しているか見ておきたいし、アタシ自身試したい兵器や運用もあるんだ」


 続いて淀美も言う。ノスフェラトゥは彼女達の意見はもはや自分に介入する余地はないと思い知らされていた。故に、彼は彼女達の意見を尊重することにした。


「分かりました……しかし、無茶はなさらぬよう」

「大丈夫よ。もう心配性なんだからノスフェラトゥは」

「はぁ……」


 まるで世間話でもするかのような話し方で言う富皇に、未だノスフェラトゥは慣れないところがあった。

 だが、この人はそういう存在なのだ。受け入れるしかない。そうも思っていた。


「ああ、宇喜多氏が実際に指揮を取られるなら頼みやすい。宇喜多氏、次の戦いではある程度死体と生きた人間を回収して欲しいのだが」


 と、そこで奉政が言った。


「死体と生きた人間を? 一体どうするの?」

「いや何、現状で出来うる近代兵器の開発は済んでいるが、魔族の魔術……黒魔術の研究はまだ進歩の余地があると思ってね。その実験や素材のために欲しいのだよ。ま、これも国を富ませるためだ。殺したいだろうが、我慢してくれ」

「そういうことならいいわ。よりよい殺戮のためになら、目先の殺戮を我慢しなきゃね」


 人差し指を立てて答える富皇の姿は、まるで年若い少女のようだった。

 そんな彼女に、奉政は苦笑いする。


「まあ、任せたよ」

「ええ、任されたわ」

「ま、全体の指揮は任せたよ。アタシはあくまで局地的な戦術の研究をさせてもらうから、さ」


 そこまで話すと、三人に更にノスフェラトゥを加えた四人はまた静かに歩き始める。

 死に覆われた領地は、不気味なほどの静寂に包まれていた。

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