公爵領炎上
「応戦っ! 応戦しろっ!」
「怯むな! 突撃ーっ!」
エドワード領は混迷を極めていた。
突如始まった魔族による進撃。
しかも、その魔族は自分達よりも遥かに優れた武器を使用して侵攻してくる。
それにより、あっという間にエドワード領の兵士達は敗戦していき、後方へと撤退していった。
「ちくしょう! 近づくことすらできねぇっ!」
「なんだよあれっ!? 魔法か!? あんなの知らないぞ!?」
兵士達は圧倒的な戦力差を前に立ち向かうことすら許されない。
「おいお前っ! 逃げるなっ!」
「うるせぇ! あんな安い給料で化け物相手に命をかけてられるかっ!」
また、兵士達の敗北にはエドワード領でしかれていた悪政も原因としてあった。悪政により兵士達の待遇が最悪になっていたために、彼らの士気が最低になっていたのだ。
結果、敵前逃亡をする兵士が続出。
残った兵士も魔族の攻撃に晒されあっという間に命を奪われていく。
結果、残ったのは逃げ遅れた民ということになるが、魔族は民も兵士も区別なく殺していった。
「お願いです! この子だけは! この子だけは――」
子を持つ母親も槍に突き上げられ。
「お母さん! お母さ――」
母を最後まで思っていた子供も剣で首を刎ね飛ばされる。
魔族達は近代的な武器だけでなくそれまでの剣や槍などの武器も用いた。
用途としては戦闘用というよりも、より人間を惨たらしく殺すために用いるためにである。
そのために富皇はわざわざ専用の部隊まで作った。
生存者狩りの皆殺し掃討部隊である。
主な構成員は鼻の効くウェアウルフであった。
ウェアウルフの一族にはあえて旧式の武器を持たされ、人間狩りを専門に行っていた。
結果、多くの逃げ遅れた民間人や兵士が見つかり、彼らはみな惨たらしく殺された。
先に逃げ延びた人々はそんな魔族の行いに恐怖し、その恐怖を逃げ延びた先の人々にも広めていった。
それが、より魔族を強めるとも知らずに。
魔族はどんどんと領地を侵略していく。
そしてついに、魔族はエドワード公爵邸のある都市にまで辿り着いた。
「全軍奮戦しろっ! 領民が他の領主の領地に逃げるまで時間を稼ぐんだっ!」
市街地で兵士の隊長が叫ぶ。
領地を守る残り少ない兵士は必死になって領民が逃げる時間を稼いでいた。
みな、民のために命を捨てる覚悟を持って戦いに挑んでいる、エドワード領にとっては希少な兵である。
「弓兵隊! 魔法兵隊! 構え……放てーっ!」
弓矢を放つ兵と魔法により炎を生み出す兵が同時に攻撃する。
それは、物陰に隠れながら銃撃してくるスケルトン兵や拳銃――現在でも使われる名銃、M1911――を持って突撃してくるゴブリン達を抑止する。
が、それも焼け石に水に過ぎない。
スケルトン兵やゴブリンの銃撃は次々に兵士達の命を奪っていく。
また、掃討部隊のウェアウルフも一部が前線に投入されており、獣の速さで兵士達に迫ったかと思うとその喉首を剣や彼ら自身の爪で掻き切っていく。
「くそっ! くそっ! なんなんだ! なんなんだこの強さはっ!?」
「落ち着け! 俺達が取り乱したら、誰が領民を救うんだっ!」
「わ、分かって――」
その瞬間だった。
盾を構え集団密集陣形――ファンクラスを作っていた兵士の一団が一瞬で吹き飛ばされたのだ。
「な、何だ!? 今度は何だ!?」
「砲撃だ! 砲撃に違いない!」
「いやしかしここは入り組んだ市街だぞ!? しかも大砲なんてどこにも見えない!」
兵士達が動揺するのも当然であった。彼らがくらった攻撃は彼らに取って未知のものであったのだから。
彼らが食らったのは、曲射砲による攻撃であった。
遠方から山なりの弾道で目的地に着弾する榴弾により、ファンクラスは一瞬にして吹き飛ばされてしまったのだ。
「あああああああああああああああっ! 痛いいいいいいいいいいっ!」
かろうじて即死を免れた兵士が叫ぶ。
彼は足を吹き飛ばされ、地面に這いつくばっていた。
「大丈夫か!? 今助けるっ!」
その兵士を別の兵士が助けようとする。
だが――
「ぐっ!?」
助けようとした兵士は、突如突撃してきた騎兵の槍によって貫かれ命を落とした。
彼を貫いた騎兵は頭のない騎兵――デュラハンであった。
「くそっ! よくもっ!」
そのデュラハンに仲間の仇と突撃する兵士達。
だが――
「ぐっ!?」
「かはっ!?」
その兵士達も一瞬で絶命する。
デュラハンの持った拳銃――ストック付きのモーゼルC96――によって。
そう、デュラハンは銃撃のできる騎兵として訓練され、その成果を上げていたのだ。
兵士達に突きつけられた絶望。だが、それでも兵士達は諦めない。
残った民を一人でも多く逃がすために。少しでも希望を繋げるために。そのために、彼らは戦った。
そんな光景を、公爵邸の最上階から眺めている者がいた。
エミリーのドッペルゲンガーだ。
「ふふふ、無駄なあがきですわね。そんなあがきをしようと、いずれ人類は魔族に滅ぼされるというのに」
笑顔で語るドッペルゲンガー。
彼女の足元には、多くの死体が転がっていた。
それは、屋敷の使用人や公爵邸に避難してきた貴族達のものだった。
みな、頭や胸を銃で撃ち抜かれている。
ドッペルゲンガーが人を集め銃殺したのだ。
「あ……エミリー様……あなたは……」
「あら、まだ生き残りがいましたの?」
ドッペルゲンガーの足にすがる男がいた。それは、長年エドワード家に仕えていた執事であった。
彼は運良く急所から弾が逸れ、即死を免れたのだ。
「あなたは……エミリー様ではない……魔族か……!」
「ええ。死に際に気づくなんて……まったく、人間というのは姿形が同じというだけで見分けがつかなくなるのだから、愚かにもほどがありますわよね」
「ぐう……おのれ……」
口から血を流しながらドッペルゲンガーを睨む執事。
その血はエミリーの銃撃によるものではなく、彼自身が自分の唇を噛んで流した血であった。
「せっかくだから見ていきなさいな。自分の愛した領地、領民がなすすべもなく命を奪われていくさまを……」
ドッペルゲンガーはそう言い執事の頭を掴んで眼前の窓に押し付ける。
そこで彼が見たのは、兵士達が次々に死んでいく姿。そして、逃げようとする領民が後ろから斬られ、撃たれ、吹き飛ばされていく姿だった。
「ああ……ああ……!」
「そうよ、絶望しなさい。あなた達人間が絶望するほど、わたくし達魔族はより増え、より強くなれるのだから……だからさあ、その悲痛な声をもっとあげなさい! くくく……ぐひ、ぐひひひひひひひひ、ひひひぎゃははははははっ……!」
ドッペルゲンガーはそれまでのエミリーの清楚な表情を歪め、醜い声と顔で笑い始めた。
彼女の笑い声は、戦場となったエドワード領に広く響き渡った……。
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