侵略開始

 ――十年後。


「さて、もうそろそろいいでしょう」


 玉座に座った富皇が言う。

 彼女のその言葉に真っ先に反応したのはノスフェラトゥだった。


「おお……! ではついに……!」

「ええ、機は熟したわ。私達魔軍は人類領への侵攻を開始するわ」

「妥当な決断だな。軍備も兵力も十分に揃った。ドッペルゲンガーを通じた各地の情報収集も上々。始まるなら今が一番だ」

「この十年地味にだがそこそこの武器を製造してきたつもりだ。少なくとも、前線を任せる兵には第一次世界大戦相当の兵装を整えさせてあるぞ」

「淀美様の生み出す武器には驚かされてばかりです。あんな恐ろしい武器を作り上げるとは……」


 ノスフェラトゥが感嘆したように言う。

 彼の言葉に、淀美は気分をよくしたように笑う。


「まあな。伊達にガンスミスクイーンと呼ばれてないさ。とは言え、現状で大量生産するには私達の世界から見て百年以上前の武器が限界だった。これがもっと労働力や資源があれば違うんだが、まあそれはこれからの話さ」

「そうね。将来的にはより近代的な武器を作りたいわね。私達がこれから行うのは戦争だけれど、私の望みとしては虐殺を望みたいところだし」

「そこは魔族全体の力の増大、そして我々の力の増大も必要だろう。先程松永氏が言ったように、それはこれからの課題だな」


 富皇と奉政が淀美の言葉に答えるように言う。

 そこまで話すと富皇は立ち上がり、手をばっと前に突き出して言う。


「ノスフェラトゥ、軍を集めなさい。彼らにも開戦の事を知らせるわよ」

「はっ!」


 ノスフェラトゥはその言葉を受け、かしこまるとともに姿を消す。

 そしてノスフェラトゥが姿を消した後、富皇達は玉座を離れ歩き始めた。



「諸君、我が愛すべき怪物の諸君!」


 魔城から高くそびえる塔で、富皇は高らかに言った。

 彼女の眼下には、魔族が一糸乱れぬ隊列を組んで並んでいた。

 スケルトン、ゴブリン、オーク、オーガ、ウェアウルフ、ドラゴン……様々な種類の魔族達が集まっている。

 そんな魔族相手に、富皇は語る。


「我々はついにそのときを迎えた。滅びゆく魔族が、今一度立ち上がるときが。かつて魔族は人間に負け、二百年もの間苦渋をなめ続けてきた。だが、それも今日で終わりだ。今、我々は帰還する。世界に向けて帰還する! もはや我々は敗者ではない。人類こそが敗者となり、従属の苦渋を舐めるときなのだ! そのために、殺せ。人間を殺せ。銃殺し殴殺し撲殺し刺殺し斬殺し焼殺し圧殺し絞殺し呪殺せよ! 彼らの死の苦痛が、恐怖が、我らの力となる! 立ち上がるのだ魔族よ! 自らが世界の覇者だと、彼らに思い出させてやるのだ!」

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 富皇の演説に、魔族が沸き立つ。

 彼女はそんな魔族達の咆哮を後に、塔を下りた。


「……今みたいな感じでよかったかしら? 奉政さん」

「ああ、上出来だ」


 そんな彼女を階段の途中で迎えたのは奉政だった。

 壁にもたれかかりながら奉政は不敵な笑みを浮かべている。


「それにしても、あなたが考えた演説なのだからあなたがすればよかったのに」

「いや、それでは意味がない。私達の中でもっとも魔王として相応しいのは君だ。故に、この演説は君がすべきだったのだ。結果を見てみろ。魔族達は君の演説に沸き立っている。私ではこうはいかなかったろう。これこそ、宇喜多氏がもっとも魔族に近いからこそなし得た結果だ」

「ふうん」


 富皇は興味なさげに答える。そんな彼女に、奉政は苦笑する。


「まったく……どうせ、君はどれだけ人が死に苦しむかしか考えてないのだろうな」

「ええ、その通りよ。これからたくさんの人が死ぬって考えると、ワクワクしちゃう」

「やれやれ……ま、それは私も似たようなものか。いかに自分が裏で甘い蜜を吸うかを考えてない、私もな」


 そこまで言うと、奉政は階段を下り始める。そんな彼女に続いて、富皇も楽しげに階段を下りた。



   ◇◆◇◆◇



 ――エドワード領、ノーマンズランド国境付近。


「……ったく、こんな辺境の警備なんてやってられんよなぁ」


 国境の守りについていた兵士の一人が、ポツリとそんな言葉を漏らした。


「……まあな。どうせ魔族なんて攻めてくるはずがないものな。もう二百年だぞ。俺のじいさまのじいさまぐらいの時代から、ずっとこんな感じなんだものな」


 その兵士の横で、もう一人の兵士が言う。

 二人ともとても気だるげだ。


「ああ、こんなところに金をかけるなんて、税金の無駄だよなぁ」

「それに、今の領主様になってから俺達の給金減る一方だしな」

「まったく、前の領主様のときはよかった……こんな辺境警備の仕事だけど、しっかりと金は貰えたんだから。それが今の領主様と来たら……ん?」

「あ? どうした?」

「いや……なんか、向こうから来てないか?」


 兵士の一人が指を差す。その向こうはノーマンズランドであった。

 普段なら生き物一匹すら見えない場所。

 だが、そこに影が見えた。

 その影はやがてひとつの大きな黒い塊になり、どんどんと近づいてくるのが分かった。

 何かと思い、兵士達はその影に目を凝らす。

 すると、その正体が分かった。それは――


「ま、魔族!? 魔族の群れ……だと!?」


 そう、それは隊列をなして歩いてくるスケルトンだった。手にはライフルが握られている。


「お、おい! なんだよあれ!? 魔族が攻めてきたっていうのか!?」

「あ、ありえねぇ……なんだよあの数! しかも、変な剣持ってやがる……!」


 しかし、彼らには当然それを銃と認識することができない。せいぜい、先についている銃剣からただの奇妙な剣と認識することしかできなかった。


「ど、どうするよ!?」

「どうするって、とにかく上に報告――」


 そのときだった。

 叫んだ兵士が、鳴り響く炸裂音と共に倒れた。


「……え?」


 唖然とするもう一人の兵士。が、その兵士も次の瞬間には倒れてしまう。

 スケルトン兵が、銃撃したのだ。彼らが握るライフル――イギリスの傑作ボルトアクションライフル、SMLE MKⅢ――によって。

 そのままスケルトン達は困惑する他の兵士達を銃撃でなぎ倒していき、他の魔族を引き連れやすやすと国境を越えた。

 戦争が、始まったのだ。

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